【特別警報発令】招かれざる客! 無銭飲食者現る! 

業界団体に所属する経営者の皆様にとってご挨拶回りに超多忙な時期といえば、まず思い出すのが「新年賀詞交歓会」、「総会」のふたつでありましょう。

新年賀詞交歓会、総会といえば、どこかのホテル等で開催されます。出席される皆様といえば業界を蠢く毎度毎度の記者以外、ほとんどが団体に加入されている企業のトップで占められ、業界関連団体の方々等も含めると、なんとなく“企業名を知っている”、“あるいは顔見知り”が多いものです。

企業の会費等でまかなわれる懇親会場は、和やかな雰囲気の中で、日頃の感謝を相手に伝えたり、雑談したり、記者にとっては最近の動向を質問したりする場所でありますが―――。

そこに出たのよ、招かれざる客が! 

懇親会場に忍び込む無銭飲食者については何度か聞いたことはあったのですが、まさかわたしの黒い瞳に奴らが映り込む日が来るとは。

――――というわけで、その様子を若干脚色していますがお話しをしましょう。

真っ先に寿司を飲み下す常習犯

人々が小腹の空く夕方に東京都内の某ホテルで某団体の新年賀詞交歓会が開かれた。
カメラを引っ下げたわたしの視線の先に日頃からお世話になっている某団体職員のAさんの姿が見えた。なにやら怪訝そうな顔をしている。いつも朗らかなAさんの眉間が寄っているではないか。

Aさんに近づくわたし。わたしの存在に気付いたAさんは、開口一番「あっ、那須さん、ちょっとアレを見てください」とあるテーブルに視線をやった。Aさんの視線の先には、経営者の皆様が談笑をしていたが、その横でヨレたスーツを着用した見覚えのない男が、次から次へと寿司を水のように飲み下していた。

直感的に異様なニオイを感じ取ったわたし。追い打ちをかけるようにAさんが耳打ちした。

「ちょっと、あの靴みてください。違和感ありませんか?」
「あっ! 確かに!」

スーツもヨレているが靴もカジュアルすぎることを指摘したAさん。確かにこの賀詞会に出席している経営者の皆様にはない雰囲気がこの男から漂っている。うーん怪しい。

Aさんは「彼は無銭飲食者じゃないでしょうかねぇ」と懸念を示した。

こういった会場では、見たことがない、あるいはお会いしたことのない方も存在する。しかし、どことなく経営者の気配があるってもんだ。いくらスーツを身にまとったとしても、存在している多くの経営者からは感じられない異様な雰囲気が、この男からビンビンに伝わってくる。

寿司を飲み下すように食べ、天ぷらをビールで胃の中に流し込む見るからに怪しい男。

一息ついたと思いきや、「いやあ~ここの寿司はなんだかパサついてますねぇ。今日の料理は・・・」など料理の感想を周囲に述べているではないか。

他にも似たような雰囲気をまとう男がローストビーフに並んでいた。
驚いたのはその髪型だ。渦巻き状の台風の目がはっきり頭に数個、記されてある。不可解なミステリーサークルにも見えた。ひょっとしたらこの男はこの渦巻きに第三の目があって、宇宙と交信しているのかもしれないと、子供の頃、夢中で読んだインチキ本に記されているようなことを想像してしまった。明らかに起き抜けの寝癖がついたまま会場内に侵入してきたとしか言いようがない。

この男もまた、並んで得たローストビーフをむしゃむしゃと食べ、空いた皿を乱暴に他のテーブルに置いた後、新しいお皿にたくさんの料理を山のように盛りつけていた。

「彼も怪しいですよ。彼も無銭飲食者じゃないでしょうか」とAさん。
Aさんの銀縁の眼鏡がキラリと光った。なかなかスルドイぞ、Aさん。

パーティに紛れ込んでは無銭飲食をする輩がいるとの噂を聞いたことがある。
ぬうううう・・・・成熟しきった大人のくせに、よそ様のご苦労された金で、ためらうことなくタダ飯を食らうとは―――なんというエゲツない振る舞いだろう。

気丈なわたしを狼狽えさせるに相応しい彼らだが、ここは意を決して、一発名刺交換でもしてやろう。ひょっとしたら本当にどこかの社長さんかもしれない。とにかく確認しなければ・・・・。

まずは先ほど寿司を頬張っていた男に狙いをつけた。今度はシューマイをハムスターのごとく頬張っている。腰をかがめながら女豹のごとく忍び寄るわたし。

「初めまして。お食事中に申し訳ございませんが、お名刺を交換させていただいてもよろしいでしょうか?」

するとこの男、「ああ、わたしねえ名刺を交換するようなアレじゃないですから、いいですよ」といって頭を左右に振ったと思うとプイと横を向いた。

(名刺を交換するようなアレじゃないって――――アレってなんだよ、アレって。ぶっちぎりの怪しさじゃんか)

「いえいえ、とんでもございません。ひょっとしたらどこかの会合でお会いになっている可能性もありますが・・・ぜひ、わたくしとお名刺交換を・・・」と、とりあえず名刺入れから名刺を取り出すそぶりを見せた。

怪しい男は、まずわたしの豊満な胸元に視線を落とすと、名札を確認した。
悲しいかな一発で小物だと見抜いたようだ。

「あぁ、あんたは那須さんというの。ふーん、カメラを持ってるけれど、仕事はなにやってんの? カメラマン?」

「はい」

どことなく高圧的な振る舞いに若干不快感が募ったが、心の中では、一刻も早く名刺をいただきたい、そんな気持ちでいっぱいだった。

(もう少し・・・・あともう少しでこの男は名刺を出すはずだ・・・)

「ぜひ、わたくしとお名刺交換を・・・・」としつこく詰め寄るわたし。

「へえ~カメラマンなの・・・ふ~ん」

男は偉そうに鼻で返事をしながらポケットから名刺を取り出した。
――――が。

「あっあれっ、あれれっ? (←名刺入れをワザとらしくガサガサしながら) やだっ! わたくしったら! お名刺を交換しようと思ったのですが、先ほど名刺を切らしてしまったようです。大変申しわけございません!」

もちろん心の声は、以下の通り。
(そうはイカのキン〇マじゃ。怪しい人間に名刺をそう簡単に渡してたまるかい)

己の名刺を渡すことなく男から受け取った名刺はペラペラだった。肩書きには元埼玉県〇〇市議会議員 〇〇企画とあった。いくらなんでも怪しすぎるだろ、これは!


ひときわ怪しいニオイを放つ名刺

間違いない、こいつぁ無銭飲食者だ。
おそらくこの名刺も無銭飲食をするためにつくった名刺であろう。
躊躇することなく常識を踏みにじる大胆不敵なこの行為。

断りもなく会場に侵入するのはもちろんだが、勝手に写真を撮りまくった挙げ句、「俺は経営者と親しくしているんだ」といわんばかりに周囲を安心させる詐欺師もいるので、こういう輩はとにかく要注意なのだ。

そうこうしているうちに、ボーイが数名やってきた。
「ちょっとこちらでお話しよろしいですか」と男を囲む。
頭に台風の目を持つ男を探すと、やはりボーイに囲まれていた。

扉の向こうに連れて行かれる男2人の後ろ姿がスローモーションで見えた。
その時、わたしは「3年B組金八先生」の、あの名シーンを思い出していた。

「加藤~! 」

♪シュプレヒコ~ルの波~通り~過~ぎて~ゆく~変わらない夢を~流れに~求めて~
(中島みゆき「世情」より)

あらやだ。
「オマエは腐ったミカンじゃないっ!」って叫びそうになっちゃったじゃんか。

ちなみにこの2人は常習犯でした。
ホテル側もしっかりマークしていたようです。

しかし見事に「無銭飲食者だ」と言い当てたAさんの洞察力には参ったわ! さすがね!