大垣精工 創業者 会長 上田勝弘氏「お別れの会」を開く

大垣精工、セイコーハイテックの創業者で取締役会長を務め、令和8年3月20日に88歳で亡くなった上田勝弘氏のお別れの会が、5月19日、大垣市内の大垣フォーラムホテルで開かれた。親交のあった多くの業界関係者などが参列し、遺影に献花をして故人との別れを惜しんだ。
上田氏は、1968年、大垣精工を設立、1984年にセイコーハイテックを設立し、2022(令和4)年に取締役会長に就任した。また、日本金型工業会会長、名誉会長、日本金型工業企業年金基金理事長、国立ソウル科学技術大学金型工学科名誉工学博士 教授など、業界の発展に尽力してきた。これらの功績がたたえられ、2019年 大垣市功労章、2013年 旭日中綬章、2005年 韓国大統領表彰受章(人材交流)、公正取引委員長表彰を受章した。
会場内には上田氏の映像とともに仕事に邁進する姿やプライベートを過ごす様子などが写されたパネル、愛用品などが展示され、参列者は懐かしみながら故人を偲んだ。
あいさつ 大垣精工 代表取締役社長 松尾幸雄
本日はご多用のところ、また遠方より特に韓国より30名の方が弊社取締役会長 故上田勝弘お別れの会にご参会賜り誠にありがとうございます。上田は今から58年前の1968年、当時7名とともに金型メーカーである大垣精工を創業し、その16年後には精工ハイテックを立ち上げました。
大垣精工では金型は国際商品だとの信念のもと国内外から積極的に受注し、特に韓国では大手財閥企業との営業に奔走しておりました。金型事業は政治の流れを受けやすく、厳しい局面も多くあり、特に1992年のバブル崩壊時には売り上げが大きく落ち込んでしまい、全くの異業種である体重計の開発にも挑戦しました。大きな成果には至りませんでしたが、それでも前を向き続けた会長の強さと楽観性には経営者として心から敬意を表します。
精工ハイテックではここぞと言うときには、設備投資を積極的に行い、幾度となく訪れた不況の波を乗り越え、大垣本社工場、アニール工場、長崎工場、沖縄工場をはじめとする6拠点を築きあげました。現在では、連結で260名の仲間を抱える企業に発展いたしました。
これもひとえに、長年にわたり、ご支援くださいましたお取引先各位、仕入れ先各位、行政機関各位、金融機関各位、株主の皆様のお力添えの賜です。ここに故人に変わりまして深く感謝申し上げます。
かつての会長は厳しい表情をされることも多く、近寄りがたいほどの威厳を持ち合わせておりましたが、近年は柔和な表情を見せてくださることが多く、その姿に触れるたび、年月の流れを感じております。
晩年は旅行を好み、亡くなる少し前には社員とともに長崎工場や北陸の温泉へ出掛けておりました。叶いませんでしたが、イタリアにも行きたいと話しておりました。
上田にとりまして大垣精工は人生を賭けて作り上げた作品そのものでした。私たちはその作品を受け継ぐものとしてより立派な作品へと作り上げていく所存です。役員、社員一同、上田が大切にしてきた企業理念、「いつの時代でも〝人〟が主役」を守り、さらなる社業の発展に向けて力を尽くして参ります。



