「ご安全に!」 三菱マテリアルの新商品はこうして作られる! 打ち合わせから加工テストまでを密着取材! 

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「ご安全に!」
 会議室に集まった4人の元気の良い声が響く。
 ここは埼玉県さいたま市大宮区にある三菱マテリアル加工技術センター(東日本テクニカルセンター)。今、まさにこの場所で、本年6月に発売予定の新製品が市場投入に向け、最終段階を迎えていた。

 すでに2017年10月に発売した高機能加工用多機能カッタ『VPXシリーズ』は、発売当初より三菱マテリアル独自の縦刃型インサートを採用し剛性が飛躍的に向上した事により市場でも好評だったが、加工現場からはさらなる期待の要求が寄せられていた。加工に貪欲な顧客のニーズは多岐に亘る。消耗品でもある切削工具は製造現場の経済的効果を高めるための大切なツールでもあるからだ。今回、好評の『VPXシリーズ』に“低抵抗型Lブレーカ”を追加し、新たに市場投入するという噂を聞きつけ、ある程度開発が完了してから、新製品を発表するまでの裏側に密着取材を行った。新製品にかける同社の熱い思いから、なかなか拝見することができない打ち合わせの様子やテストカットの現場までをご覧頂こう!

営業企画部のぬかりのない市場調査! そして新タイプのインサートを追加するまで

190507top1視線の先にあるモニターをみながら調査内容を発表 “お客様ごとの新たな課題にお応えするプロフェッショナルとなる――”
 同社が掲げるスローガンにそんな一節を見たことがある。相互コミュニケーション向上に取り組み、現場の声に基づいた画期的な新製品を世に送り出す。顧客ごとのソリューションとサービスの開発・実用化に注力し、常に顧客と共に“ワクワクと感動”を共有することを理念とした“総合工具工房”を目指す同社らしいスローガンだ。

 「もうちょっとこうだったら良いのになあ。」という、顧客の要望をもとに切削工具の新開発が進められ、それを形にしたのが、『VPXシリーズ』“縦刃カッタ”である。発売は本年6月、目前(取材時は3月下旬)に迫っていた。

 会議室には、営業企画部の江波幸治 部長補佐、同部署の伊藤詩穂子さん、開発本部からは加工技術センターの猪俣 恵さん、同インサート工具開発センターの尾上太一さんが着席をしていた。それぞれの視線の先にはモニターがあった。ここで、市場の背景と同社の商品であるVPXシリーズの説明がなされた。

190507top2市場ニーズの調査結果を報告する伊藤さん 最初に説明をしたのは入社3年目の営業企画部に所属する伊藤さんだ。あどけなさの残る彼女は、2017年に市場投入したVPXシリーズMブレーカにおける発売後の動向について、各営業担当にアンケートを行ったという。どの業界もそうだが、水面下では競合メーカーとの熾烈な戦いがあるものだ。自社の優位性を強化し広く認知させるためにもリサーチは必要である。

 「営業企画部及び開発本部では、次の製品展開の候補として、①低抵抗タイプのブレーカ 、②荒加工を想定した刃先強度重視型と、2つ挙がっていた。そこでアンケートを行った結果、最も優先すべき製品は、低抵抗ブレーカと高強度ブレーカであること、市場では低抵抗でありながらも高剛性な構造の回転工具がニーズとしてあることが分かりました。」

 と、モニターに表を映し出した。そこには同社製品と競合他社名とその製品名があった。

190507top3多機能性が強みのVPX 競合他社として、A社の両面4コーナタイプ(製品名〇〇)、B社の片面多コーナタイプ(製品名〇〇)が最も多く見られました。いずれも低抵抗をウリにしている製品です。これらの製品に対しても性能において優位性を確認する必要があるという結果に至りました。」

 背筋をピンと伸ばして、しっかりとした口調で説明をする伊藤さんに、先ほど感じたあどけなさは消え、入社3年目とは思えぬ凛とした雰囲気を感じ取った。

190507top6開発の経緯を説明する尾上さん 続いて開発の経緯を尾上さんが説明をする。「VPXの開発コンセプトは、屈強な加工に負けない、あらゆる加工に対応する縦刃のショルダエンドミルです。現在、VPX200/300形がラインナップしており、肩削り加工、ランピング加工、ポケット加工、3次元倣い加工、溝加工、ヘリカル加工、正面フライス加工、いずれもVPXで加工ができます。他社には持っていない強いコンセプトを狙って開発が行われました。優位性は、高い立壁精度、仕上げ面、高精度といった精度の点と高機能です。」

 堂々と説明をしているその姿がやけに眩しく見える。(最近の若者はしっかりしているなあ)と感心していると、「今回の新製品は、従来の平置き形でできていたランピング加工に対応するための刃型設計、また、より強固な加工に耐えるスランプ精度を実現したコンセプトのカッタとなっております。」と、いよいよ話はVPXシリーズに縦刃を追加した狙いへの説明に突入した。


190507top3インサート凸切れ刃をわかりやすく横から撮影したもの 「なぜ縦置きを開発したかと言いますと、平置きタイプは縦置きタイプに比べて、カッタボディ本体の芯厚が異なっています。まず1つは、ホルダー中央の肉厚部分が平置きに対して縦置きのほうが厚い。また、インサート自体の切れ刃の厚みも厚いので、それだけ過酷な状況の加工にも耐えうるカッタとなっています。ただ、VPXシリーズは、もともと、欧州、欧米のニーズを捉えたカッタとして開発されました。一方、日本は工作機械やチャックの低剛性環境下でも使用されているため、切れ味が重視されており、国内ではどちらかというと低抵抗なインサートが求められている状況です。なので、今回開発したLブレーカのコンセプトも、既に先行発売しているMブレーカに対して20%低抵抗な切れ刃形状、また切れ味が必要とされるステンレスやチタン等の難削材に対応できるといったコンセプトをもとにしておりますので、Mブレーカに対して10°近くすくい角が増している形状となっております。」

190507top8合成写真。従来の横置きインサートと縦置きインサートの違いがわかる 続けて、分かりやすく比較するために、三菱マテリアル製の平置きと競合他社の縦刃Lブレーカ相当の切削抵抗の3分力製法を比較した表がモニターに映し出された。縦軸には切削抵抗を示しており、横軸にはそれぞれの製品が示されてあった。そこにはVPX-Lブレーカが従来のMブレーカよりも20%ほど抵抗が下がっていることが記されていた。また、従来の平置きタイプよりも低抵抗を示していたことから、尾上さんは、「縦置きの刃でありながら平置き並みの切れ味を有しているLブレーカの形状開発に成功しました。」と元気よく開発が成功したことを告げた。加えて、「他社に比べても抵抗に関しては低いといったところで、このニーズを十分に捉えていると考えられます。なぜ、縦刃でありながら低抵抗なものができたのか。この説明をさせていただきます。」と、さらに具体的な説明へと続いていった。

190507top7縦置きインサートのメリットでもあるホルダ本体の芯厚。これが過酷な状況の加工にも耐えうるのだ! 

 尾上さんの説明によると、縦刃は、そもそもインサート厚みがあるため、平置きタイプに比べて切れ味が悪い、とのこと。新商品のVPXの縦刃カッタは、簡単に言うと、副切れ刃エッジと主切れ刃すくい面に捻れがないため、切りくず生成方向を妨げず、スムーズに切りくずが流れる。その結果、平置きインサート並の低抵抗化に成功したという。なんと切削工具は奥が深いことか!



熾烈な開発競争を見た!

190507top9試験結果を報告する猪俣さん Lブレーカのフィールドテスト開始時に引合いがあったのは全件34件。対向品の内訳は、片面平置き(12件)、両面平置き(3件)、両面くさび式(2件)、自社品(6件)、その他(9件)、縦刃(2件)。うち最終テスト結果を回収した7件の内訳は、6勝1引き分けとなり、性能面で勝ち得たことを示していた。

 続いて猪俣さんが、事前に行った試験結果を説明した。「立壁精度が非常に良く出た結果となりましたので、皆様にご報告したいと思っておりまして。」と爽やかな笑顔が印象的な女性技術者だ。近年、機械や工具メーカーには、こうした女性技術者の活躍も増加しつつあり、頼もしい限りである。

190507top10細かい点をチェックする江波部長補佐 「切削条件はVc=180/min、Fz=0.15mm/tooth、ae=3.0mm、ap=5.0mm。3回Z方向に加工を行いました。その後、表面粗さ計を用いて段差の測定を行った結果、VPX-Lブレーカが他に比べて圧倒的に良い結果を出せました。」とモニターにグラフを映し出した。そこには新商品のVPXが6µ以下に対し、抵抗で有利とされた平置きタイプでさえも、9.5µ前後の数値だった。猪俣さんは、「平置きタイプにも負けない立壁精度の性能は持っています。」と強調し、続けた。

 「さらに今回、低抵抗を目指したということもあり、溝切削の三分力測定を行っております。結果は、食いつき・抜け部を除いた安定領域で比較したところ、同等以上の性能と言ってよろしいかと思います。VPX-Lブレーカに関しましては、他に比べ、マックス、ミニマム、平均、どれを取りましても劣るということはございません。かなり良い結果を出すことができております。」と太鼓判を押した。

190507top11 ここで、静かに説明を聞いていた江波部長補佐が口を開いた。
 「切削抵抗が大幅に減少し、刃形の工夫が生きているのが分かりました。狙い通りの設計ができたのではないかと思います。おそらく他社の縦インサートは、どちらかというと径が大きなところまで狙って、さらに強度重視の刃形設計にしているように思います。市場状況を見て感じたことはエンドミル形のカッタというよりも、どちらかというと大径サイズの正面フライスに重きを置いたので性能が偏っている、という印象を受けました。そこで、開発に質問ですが、今回のVPXに関しては、円筒シャンクタイプのエンドミルカッタに使う場合に、従来の縦置きよりも切削抵抗を減らした新ブレーカができた、という認識で間違いないということでしょうか。」と、若干のツッコミを入れたところで、すかさず尾上さんが、「そうです。」と元気よく返答し、ここで概略の説明が終わった。あとは隣接している加工技術センターに移動し、実際の加工を行う予定だ。ところが、江波部長補佐から行われるはずだった溝加工が中止になった―――と告げられる。

加工テストで高品位な面精度を目の当たりに!

 
190507top12カッタの破損は事故のもと! (えっ!?)と一瞬戸惑う筆者。今回のデモ加工では溝加工と壁面加工と2種類行う予定だった。ところが、溝加工において各社比較のための予察試験をしたところ、一部の他社品においてメーカーが示している推奨加工条件の範囲内ではあるものの、カッタの破損等で事故に繋がる事例が出てしまったというのだ。問題が起きた予察試験の動画があるというので拝見すると、あらやだ! 火を噴いているじゃないの!

「大変申し訳ないのですが、今回のデモ加工は溝加工を中止といたします。」と残念な表情を見せる江波副部長。「他社製品ですが、推奨条件内で溝加工をしていた最中に、途中で切りくずが詰まり火を噴いてしまったようです。非常に危険だという判断をしましたのでご了承ください。」とのことだった。

190507top161パス、2パス、3パスと加工 気を取り直して加工技術センター内へ移動し、肩削り加工のデモを行った。使用するマシンはDMG森精機の『NVX5080』で主軸はBT40番。被削材はSUS304。オペレータは開発本部加工技術センターの片寄 裕さん。

 スイッチオン! まず1段目を削り、2段目、三段目と下に進んでいく。この加工でどれほど段差が出来ているかというのを測定し、調べるのだ。最初に加工を行った製品は、三菱マテリアルが満を持して6月に発売予定のVPX-Lブレーカ。そして、同じ加工を他社品A、他社品B(平置き)と続けて行った。ただし、VPXと他社品Aは内部エアーで切り屑を飛ばしていたが、平置きの他社品Bについては、内部エアーの穴が付いていないので、外部からのエアーの吹き出しとなった。したがって他社品Bは、エアーが刃先に向かって切り屑を飛ばす方法が取られた。

190507top17VPX(上)と他社品。筋や段差の違いがわかる 加工を終えたワークが次々に机に並べられ、それぞれ加工による段差を指で確認していた。筆者も触らせてもらったが、VPXによる加工面の段差は感じられなかった。指を加工面に対して縦にも横にも滑らせてみたが、ツルツルである。他社品Aは若干ザラっとしているかも? としか分からず、ハッキリとした段差を感じることができなかったが、他社品Bによる面の粗さと段差は筆者の指でも違いが理解できた。なんとなく、手入れを怠ってしまったかかとのようだ。

 加工面悪化の原因は大きく2つ考えられる。

 1つ目は、インサートとカッタの組合せによる加工面のいわゆる段差が大きく出てしまうケース。これは今回の加工のようにパスを分けた際に発生する。

 もう一つは切りくずの噛みこみなどにより加工面を傷つけてしまう事による影響だ。切り屑が逃げないと、噛みながら加工をしてしまう。こうした理由から切削痕が出やすいという。これが、若干ザラつき、デコボコしたかかとのような面になる原因のようだ。


190507top18他社品Bはポジタイプのインサートで低抵抗だが、構造上外周振れの影響を受けやすいため、今回の側面加工ではチッピングと摩耗が進行しているのが刃先写真から見てとれる 測定結果が出た。VPXは段差がほぼ感じられず、凹凸面もかなり少ない。他社品Aに関しては、切れ刃が湾曲しているので、それにならうような凹凸が少々出やすい傾向にあった。他社品Bについては、数値が振り切っていた。

 加工後の工具を顕微鏡で拡大し、画像でチェックをする。VPXは均一な摩耗が認められ、特長である副切れ刃のラインから主切れ刃のラインまでが、直線になっていた。切りくずがスムーズに流れて、抵抗が低くできるというメリットが強調されている。

190507top19VPX。副切れ刃のラインから仕切り刃のラインまでが画面上で直線かつ一平面になっており、切りくずがスムーズに流れて低抵抗であることを示している 今回取材をした6月発売予定の高能率加工用多機能カッタ『VPXシリーズ』は嬉しいことに細かなサイズ展開がありラインナップも豊富。技術の結晶とも言えるこの製品で、加工の選択肢が大幅に広がりを見せることは間違いないだろう。

 一般消費財とは違い、切削工具は地味な製品だ。最後に「お客様に使って頂いての工具ですから、お客様の課題に対して真摯に向き合い、ひとつひとつクリアしていきたい。」とのコメントを頂いた。このような思いがつまった新製品が製造現場に流れ、私たちの生活を豊かにするためのあらゆる商品づくりに貢献する。

 切削工具とはなんとロマン溢れる尊い製品なのだろうか―――。