化け物のような円高

円高がヤバイことになっている。ドルも弱すぎる。
おまけに電力の不安定要素は国内製造業にとって決定的なダメージになる可能性も出てきた。加工中に電力供給がうまくいかなくなった場合、段取り時間等のロスを考えるとゾッとする。さらに電気料金の値上げ等でますます製造業における経営環境は厳しくなるわけで、これじゃ「日本でモノを作るな、海外へ行ってくれ」と言っているのと等しい。

多くの企業が国内生産ラインを維持するのも、もう限界だろう。

天災が起こる前のねずみのように日本から企業がパァーッと逃げ出している一方、逃げたくても逃げられない中小企業がどのくらいあるのだろうか。

某機械メーカー社長が嘆いていた。主力製品は、1台20万ドル。3年前は2400万円。それが今は1600万円。競争相手の欧州勢はユーロ安のおかげで値下げしているわけで、ここからも分かるとおり、一部の大手を除いたメーカーは厳しいコスト競争に晒されている。

円高が日本に与える影響の大きさを軽視しすぎているように思えてならない。国民が豊かな暮らしを送るためのモノがつくれないということは、国力の低下を意味している。

私が“ムンクの叫び”と同じポーズを取るほど驚き、怒りのあまり膝から崩れ落ちそうになったことがひとつある。
それは菅総理がこの化け物のような円高を「一時的な現象に留まることを期待している」あるいは「引き続き注視する」の旨を述べたことだ。注視している間に死んじまう! とコメカミが破裂しそうなほど憤慨した。

注視=何もしない・・・に聞こえる私。おそらく菅総理は、円が50円を切っても、永遠に注視し続けているだろう。

個人的な意見だが、注視するというから円高は進む。想像上だが、私がもし海外の人間(←しかも資産持ち)だったら、今頃、「あの調子だもんな、どーせ何もしないだろう・・イヒヒ」とドヤ顔でブランデーでも呑んでいるに違いない。ハッキリ言って日本はナメられている。

「場合によっては介入する」となぜ言えないのだろう。強気の姿勢も時には必要だと私は言い切る。空威張りでもいい、世界に向けて牽制する素振りをチラリと示すだけで少しは違うのではないか。
以前ならば、“ミスターエン”なるものがアメリカへすっ飛んでいき、いろいろと策を練っていた(はずだ)。このような人物はもういないのだろうか。

ほとんどの中小企業が魑魅魍魎かつ、わけのわからない外国に従業員を引き連れて行くことは非常に難しい。本来、製造業は老若男女、様々な方に広く雇用を提供できる土台があった。このままいくと日本の失業率が増加する懸念があるが、そうなった場合、企業にそのツケを押しつけ、当たり前のように雇用促進をうたうのだろうか。だとしたら、日本の経営者をナメんな! と言いたい。

このままいくと、“持続不能なビジョン”で日本列島から優秀な人も企業も消滅する可能性も出て来た。

六十男の悔し泣き――――。
国会の場において悔し涙で頬を濡らす閣僚の姿を見たら、いかに閣内が矛盾・複雑化しているのかが分かる。軽率な総理と道理の板挟みで苦しむ閣僚の姿を拝見し、心優しい私は思わず友人でもないのに貰い泣きしそうになった。
閣僚を泣かす総理はダメダメのダメ男だ! とハッキリ言おう。

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