常に新分野へチャレンジ! 大平工具製作所の底力

 「加工は見えない箇所ほど難しい」と話すのは、創立65年以上の歴史がある大平工具製作所(社長=水谷秀樹氏、本社:三重県松阪市大平尾町72)。従業員14人(2018年現在)が在籍する勢いの良い企業だ。水谷社長は、3代目にあたる。もともとは、タップのレンチをつくっていたのだが、時代も流れ、外注先の高齢化等もあり、父親の代で機械加工を始めたといういきさつがある。いつの時代も新分野へ挑戦した同社は、現在、主要設備も豊富で縦形マシニングセンタ、5軸マシニングセンタ、ワイヤーカット放電加工機、平面研削盤、細穴放電加工機等がズラリと並ぶ。アルミ深穴加工や難削材加工にも定評があり、信頼も厚い。

 優れた加工がどんなものなのか――といっても、守秘義務も多く、見せられないことが多い町工場だが、同社が手掛けるクオリティの高い難加工や、経営者の本音を取材した。

 

高精度と高能率の両立とアットホームな職場環境

SKD61 HRC45 三井精機工業「Vertex550-5X」による削りだし
SKD61 HRC45 三井精機工業「Vertex550-5X」による削りだし
 「同時5軸でリンゴの皮を剥くようにピューッとラクに加工が出来たらいいんですが、Rの細かいところなど、これが案外難しい。」と水谷社長は加工の難しさを話す。

 ところが、こうした悩みを払拭したマシンとの出逢いがあった。展示会で見学した三井精機工業の「Vertex550-5X」だった。水谷社長は、「三井さんは、自分のプログラムが出した数字通りのものが出来てくる。」と、惚れ込んだ理由を教えてくれた。

 この写真にある“HPM7 樹脂金型溝加工”は一見して派手さはないのだが、難しい加のひとつ。深くて細くて2㎜が通らないうえ、350□ほどの大きさがあり、この溝の十字には全てエッジの穴が開いている。

HPM7 樹脂金型溝加工。溝の十字には全てエッジの穴が! 難しい加工のひとつ
HPM7 樹脂金型溝加工。溝の十字には全てエッジの穴が! 難しい加工のひとつ
 「穴によっては、裏表からの加工もあって、少しでもずれればピンが入らない。最も信頼のおける形状加工および、ピッチ精度を出せる機械はこのVertex550-5Xだった。」とのことで、MITSUIのマシンに信頼を置いている様子。

 金型関係の殆どの仕事は自動車関連だが、部品加工に関しては建機部品であったり、特殊車両の部品であったりと依頼も様々だ。

 「加工を見せて相手に好感を得るというのは実際、そんなに難しいことではないんです。本当に難しいのは、目立たない箇所。裏側のピッチ加工など目立たないところが重要であり神経を使います。」(水谷社長)

 水谷社長のこだわりのひとつに、切削工具の選定がある。最近は、ダイジェット工業の「タイラードリル」がお気に入りとのこと。たまたま工具のキャンペーンがあって、試してみたら、調子が良いとのことだった。「三菱日立ツールも高硬度用の工具が良かった。HRC65までイケて、ものすごく速い。しかも他社製と比較したところ、摩耗がしてなかったんですよ。また、日進工具のフットワークの良さは目を見張るものがあります。」と、それぞれ切削工具メーカーの優位性を話してくれた。水谷社長は、消耗品である切削工具の選定に真剣そのものなのだ。加工現場では、モノによってはなかなか利益が上がらない場合があるので、その分、工具メーカーの技術力はもちろん、数値には表れないが、対応するスピードとフットワークの軽さなども求められる。付加価値の高い加工で利益を生み出すためには、メーカーの力も必要なのだ。

 工場内は、様々な年代の方が働いている。「こんにちは。」のあいさつが気持ちいい。妙齢の女性が機械を扱っているのを拝見した。この工場では、女性が、男性が、というより、年齢性別問わず、しっかり働いている、という印象を受けた。

 ホッと一息つける場所、といえば、休息所。アットホームな雰囲気が漂っている。ちょうどこの日、工場前の草刈りをしていた男性がいた。実は、この男性、すでに退職しているというが、伸びた草をみて自ら草刈りに来てくれたという。

温度管理をしている測定室
温度管理をしている測定室
 この家庭的な雰囲気は地域特性もあるのだろうが、いずれにせよ、こうした環境は強みであろう。今の設備は優れており、働く人の年齢や性別を問わず使用できる。年齢も性別も様々な従業員が気持ちよく働いてくれるためには、コミュニケーションが必要不可欠。社内において、それぞれが信頼関係を築いているからこそ、取引先の要望にしっかり応えられる優れた加工ができるのだろうと感じた。

 水谷社長は、「皆さん、長年働いてくれています。それぞれがいろいろ持ち寄って居心地の良い環境を造ってくれているんですね。ありがたいことです。」と感謝の気持ちを表した。

 現在、3台のCAD/CAMを使い全ての機械に振り分けて、それを加工指示書と一緒に図面を渡す。

「この仕事、現状は自分で全て行っておりますが、ゆくゆくは社員に段取りをしてもらおうと思っているんですよ。」と水谷社長は笑った。

工具への熱い思いが意外な結果に!

 さて、町工場の経営者は情報収集にも注力する。その中で役立つツールのひとつにインターネットが挙げられる。今のようにまだSNSが発達していなかった10年ほど前、水谷社長自らが、スレッド(インターネット掲示板等でやりとりされる共通の話題における投稿をまとめたもの。)をつくって工具の情報のやり取りをしていた時の話だ。

 「そこで、ちょっと失敗しちゃったこともあるんです。」と水谷社長が話し始めた。

アルミ深彫り(20D以上)
アルミ深彫り(20D以上)
 「もの凄く切削加工に詳しい方とネットで知り合ったのです。私より年上で、材料に詳しく、そこから工具に興味が出て、そのうち、工具メーカーから依頼を受けるようになったという彼とネットで知り合い親しくなりました。弊社にも出入りしてもらい、様々なノウハウを教えてもらいました。」と話している途中、水谷社長の顔色が曇った。

 なんとこの人物、ワークの横流しをし、水谷社長に代金を支払わないまま、トンズラしてしまったのだ。工具への熱い思いが一気に冷めた瞬間を味わった水谷社長は、この一件以来、ネットの情報収集には慎重になったという。

SKD61 HRC45 異形ピン削りだし
SKD61 HRC45 異形ピン削りだし
 水谷社長は現状について、「わたしは父から“加工したものが名刺代わりだ”と言われて育ってきました。今では書類をたくさん持って行かなければ受け付けられない、モノより書類のほうが大切だ、といわんばかりの風潮もあり、そこに違和感があります。それでも世の中がそういう風潮なら、それに合わさないと仕事がもらえない。ものをつくるよりも資料をつくっているほうが長いときもある。」と笑ったが、確かに表に出ないが、製造業を取り巻く経済環境は絶好調とはいえ、苦しい側面も見え隠れする。

 大手が頻繁に下請けを集めて指示を出すことはよく聞く。例えば、急に“3次元測定機はレーザーに変えて欲しい”という要求、それも”下請けの下まで要求してね”という具合だ。下請けに仕事を出したら、その段取り方法や基準、どんな工具を使用したか、全て資料でまとめて品物を出して欲しい――といったものもあると聞いた。

美しい風景に囲まれている
美しい風景に囲まれている
 こうした話は反発もあるのか、出ては消える、といった具合だと聞くが、水谷社長に本音を尋ねると、「こんな面倒なことを町工場がやっていたら、仕事になりません。以前、依頼された加工をこなしていると、“加工方法を教えて欲しい”と言われたんです。そこでちょっと考えて、“塩素バンバンの切削油を使っていますよ”、と言ってみたら、“じゃあ、あとは頼むね”で終わった。大手が本気を出したら技能はすぐに持っていかれます。つまり、われわれのような町工場がオンリーワンの技術といっても、大手がやりたがらない、あるいは絶対にできないような仕事ができるという本当の意味でオンリーワンというのは、なかなか難しいのです。また、加工品の価値がどれだけあるのか、ということは、正直私たちは分からないというジレンマもあります。」と心の内を話してくれた。

「加工したものが名刺代わりだと父に教えて貰った」と水谷社長
「加工したものが名刺代わりだと父に教えて貰った」と水谷社長
 変革期を迎えた製造業。その昔、アルミダイカストの金型をカセット化にすることによって、部品点数が少なくなるという憶測とともに不穏な空気が流れたことがあった。ところが、その時流れた情報とは違い、カセット化にすることにより、金型はとても複雑になり、町工場は多忙になった。現在も電気自動車等の出現により、様々な憶測が飛んでいるが、ハッキリと言えることは、航空機需要の顕在化や先端医療分野の成長もあり、難削材加工需要の増加は避けられないのが現実であるということだろう。

 わが国が国際競争環境の変化に対応するためには、大平工具製作所のように、設備に独自のノウハウを入れつつ、最先端をゆく取引先の要望に応えようと日々、実直に汗を流している企業の力が必要不可欠なのだ。

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