ファナック 稲葉会長兼CEOに聞く「製造業の現在・過去・未来」 ~高度な自動化による生産工場の凄みを見た~
今や生産性革命への取組みは、世界各国において喫緊の課題として認識されている。ドイツが数年前に打ち出した“インダストリー4.0”の概念に触発された日本や米国、中国も次々と国家プロジェクトを打ち出したことは記憶に新しい。現在、IoTやAI技術を活用したスマート・マニュファクチャリングの実現を図る取組みは各国で競われており、デジタル時代を勝ち抜こうとしている世界中の企業は熾烈な覇権争いの中にいる。
この時代において、現在、“地上で最も重要な製造業”と言わしめ、世界中から注目されている企業といえば、レモンイエローが印象的なファナックだ。1972年の設立以来、強力な開発力を基盤に発展を続けてきた。富士山麓に展開する標高1,000メートル、広さ53万坪にわたる雄大で四季折々に美しいファナックの森には、本社、研究所、工場、テクニカルセンタ、ファナックアカデミ、厚生施設などが設置されている。普段は滅多に足を入れることが出来ないファナックの森を訪ね、今回、稲葉会長が考える製造業の現状と課題、未来像などを伺い、同社の自動化生産ラインを見学した。
ドイツより先に“あの概念”に注目していた日本。30数年前に考えていたこととは!?
ドイツが手を挙げた“industry4.0(第4次産業革命)”の発表後、様々な繋がりによって新たな付加価値の創出や社会課題の解決を目指すわが国の “コネクテッド・インダストリーズ” やアメリカの “インダストリアル・インターネット”、中国の “中国製造2025”など、各国も次々と国家プロジェクトを打ち上げ、製造業の復権に向けた動きが活発化していることを示した。これらのプロジェクトの鍵となるのは、ITを利用して変種変量生産を目指し、工場間や企業間の通信ネットワークを介して最も有利で効率的な生産を行うこと―――。つまり、“産業のインテリジェンス化”である。 一見してドイツが先手をいったように見える第4次産業革命だが、これは日本がすでに30年ほど前から取り組んでいた知的生産システムの国際プロジェクト「IMS(IMS=Intelligent Manufacturing Systems)」の考え方であった。にもかかわらず、残念ながらこのプロジェクトは20年続いたが、その後、大きな成果を出さずに終束してしまった。
工学博士でもある稲葉会長にこの件について30数年前の考えと現在を比較して感じることを尋ねてみたところ、「IMSが始まった1987年頃はインターネットが普及しておらず、今とはネットワークのインフラが全く違っていました。しかし、工場の中の自動化、スマートファクトリーという大きな概念ではインダストリー4.0と全く同じものを思考していたと言えます。工作機械やロボットが個々の最適化を狙うのではなく、全体最適を狙う。ショップショップの中でも最適化を図り、自律的な生産方式を実現しようといった大きな意味でのコンセプトがありましたが、当時は実現できなかった。ITやAIの大きな進歩がある現在、その実現性が見えてきました。」と振り返った。
なぜ、実現できなかったのか―――の問いには、「通信技術やAI技術が未熟だったこと。」を挙げた。稲葉会長は、「諦めないで進んでいけば良かった、というのは結果論ですが、ちょっと残念ですね。」と少し淋しい表情を浮かべたあと、「現在、IMSの概念にITやAIという新しい技術が生まれ、これを使って実現しようという動きになりました。これがインダストリー4.0にも示される考え方であり、当時の方向性は間違っていなかったと思います。」と話してくれた。
日本初の大きなチャレンジ! 斬新な工作機械の創生― その進捗具合は!?
大量生産時代の終焉を迎えた日本。現在、多品種少量生産でいかに利益を確保する仕組みをつくるか、各企業は知恵を絞っているところだろう。そこで重要な役割を担うのは、母なる機械(マザーマシン)とも呼ばれる工作機械である。地上に存在する全ての機械や部品を生み出すのは、この工作機械がなければ作れない。つまり、この世のあらゆる機械部品の中で、工作機械以上の精度を誇るものは存在しないといっても過言ではないのだ。
日本の工作機械は技術力の高さから国際競争力の強さを保っている。この競争力を維持するためには、日本初の斬新な工作機械の開発は重要であろう。数年前、稲葉会長に『複合材料を使用した先端技術の工作機械の創生』をテーマにした大きなチャレンジについて話を伺ったことがあった。この進捗具合を尋ねてみたところ、「個々のユニットの試作は既に終わっています。今まではユニットごとの検証だったのですが、今年は機械として組み上げて実証するフルスケールの最終段階になると思います。現在、順調に進んでいますから、しっかりとした成果を上げることができると思います。」と、力強い言葉を頂いた。
さて、冒頭でも述べたが、現在、スマート・マニュファクチャリングの実現に向けた取り組みが盛んだが、そこではデジタル技術を駆使した製造現場が生産性の鍵を握り、それに伴ってサービスをいかに充実させるかも考慮しなければならない。稲葉会長はこの点についてどうお考えなのか。
「サービスは今後ITをさらに取り入れていくという方向に進んでいくでしょう。私どもで言うと、約500万件の過去におけるサービス履歴をITによってデジタル化し、検索しやすくしています。若いサービスエンジニアでも過去を検索することによってベテランのサービスマンのようなスキルを身に付けていくといった取り組みを既に始めています。経験の浅いサービスエンジニアでもベテランのような知識や経験をシステムで補完するのが狙いです。」とのことだった。
近未来の製造現場と『FIELD system』の展望
近未来の製造現場像について稲葉会長は、「ロボット化、自動化が進み、実際の作業そのものは人間が関与することが少なくなっていくと思われます。未来の工場像としては、なるべく人に対する負担を少なくしてくという形になるでしょう。製造現場では通常、週休2日制ですが、それが週休3日、4日になり、労働時間も1日8時間から、いずれは稼動日数・時間とも短くなっていくだろうと考えています。一方、開発部隊や事務部隊は職場に縛られない働き方として、最近のトレンドである“リモートオフィス”の考え方にもある通り、会社にいる拘束時間も短くなっていくでしょう。」との見方を示し、働き方についても「フェース・トゥ・フェースで行わなければならない仕事以外は、自由に仕事のこなし方を選べる時代になると思います。」と製造業における就業形態の変化を予測した。稲葉会長の理想は、「製造現場が自動化されて生産及び管理も自動的になること。」だ。その一方で、「実は、血の通った商品をつくるには人間がモノに触れなければならないと感じています。いくら自動化が進むとはいえ、人が触らないものでは、人の使い勝手の良い商品ができにくくなる。自動化は進むが、開発や試作は人間が関与しなければ、本当の意味での使いやすい商品、欲しくなる商品は生まれにくい。これは私の想像ですが、極力人間が関与しない生産形態が進むとは思いますが、どこかでUターンをするような時代が来るかもしれない。人間が使う商品ですからいくらAIが発達しても、本当に人間にとって使いやすい商品、欲しい商品をAIだけで設計できるかというと、それは難しいのではないかという気がします。」と、話してくれた。
さて、ファナックのIoTとAIで“工場を賢くする仕組み”といえば、『FIELD system(フィールドシステム)』だが、展望を尋ねたところ、「FIELD systemはプラットフォームですから、プラットフォームに搭載するアプリケーションによって、FIELD systemは特色を発揮します。現在、プラットフォームの構築を進め、これに乗せるアプリケーションソフトウエアが出来始めており楽しみです。特にAI機能を使ったアプリケーションソフトの開発はさらに加速します。どんどん自分で進化する仕組みです。将来は工場のビッグデータをエッジで処理してレスポンス良く生産効率や生産物の品質を上げていくことを期待しています。」と将来によせて展開が楽しみな様子。
地球規模では各国で法律も言語も、製造に対する考え方も違うが、この点をどうクリアするのか、という問いには、「FIELD systemは、プラットフォームなので、結局はその地域地域でアプリケーションソフトウエアが開発される。地域ごとで独自の成長と発展が行われ、地域の特質に合致した形で成長していけばいいなと考えています。」と応えてくれた。
これぞファナック! 工場内で繰り広げられる自動化ラインの凄み
メイド・イン・ジャパンにこだわるファナックにはFA、ロボット並びにロボマシンの商品ごとに対応する3つの事業本部があり、各事業本部には関連する研究所と販売の組織が所属しているが、注目すべきは同社の成長を支えている研究部隊だ。全従業員(単独:3,495人 連結:7,163人)の約1/3にあたる若い研究員が技術を創造する研究開発に取り組んでいる、いわば研究開発に重点を置く企業体なのだ。したがって、同社の頭脳を結集した商品を生み出す工場内は最先端そのものである。自動化ラインでは同社の知能ロボットを多数活用し、従来人の手でしか行えなかった作業の多くをロボットが担っている。同社のロボットは累計生産台数55万台を突破した。視覚センサ、加速度センサ等と組み合せて工場のロボット化に貢献している。見学した学習ロボットは加速度センサを付け、動作を繰り返すことでロボットが賢くなる仕組みにより、サイクルタイムが10%ほど短縮するという。
まずはロボットの鋳物を加工する第3機械加工工場を見学した。ここでは約50台のマシニングセンタがある。大型工作機械2台とロボットを組合せ、人に代わってロボットがワークの治具への取り付け、取り外し及びバリ取り作業等を行い、長時間の連続運転をしている。
大型工作機械とロボットの前に自動倉庫があった。自動倉庫の中に加工する材料をあらかじめセットをしておき、加工のスケジュールに従ってロボットの前に材料が取り出される。その材料をロボットが工作機械にロード、アンロードをする仕組みで加工が行われる。
約50台の機械で人間は11名。オペレータはいるが、夜間や休日は基本的に無人で連続稼動をしている。オペレータは工具のメンテナンスなどの間接的な仕事をしているのみ。
次に、第2ロボット工場へ向かった。本社工場では毎月6,000台のロボットを製造する能力がある。同社の知能ロボットを多数用いた自動組立システムにより組み立てられる黄色いロボット群がズラリと並ぶ様に圧倒された。日中は人が動いているので、ロボットも夜に比べ“ゆっくりめ”に動くが、夜間では高速で動かしているとのこと。女性の姿も多いのが印象的だ。出来上がったモノは清掃して梱包する。難しいのは、ギアのかみ合わせの調整。バックラッシ、ガタの調整、ギア同士のアタリを確かめなければならないという作業だ。この部分は人が行っているが、現在、自動化の準備を進めている真っ最中。感覚や熟練に頼っていた作業のロボット化時代はすでにそこまで来ている。
長くて重たいケーブルを取り付けるのは困難なことだが、ここでは協働ロボットが大活躍。大胆かつ繊細に作業者と一緒になって組立を効率よく行っていた。
続いてファナック本社地区最大の工場であるサーボモータ工場に向かった。工場内の左右が90m、奥行き270mという、例えて言うなら戦艦武蔵が2隻並んで入るほどの大きな工場だ。ここの2階3階でモータ、4階でアンプ、1階2階からCNC、モータ、アンプをセットにして出荷している。ここでも、部品の取り出し、組立、試験、梱包の全ての工程を同社の知能ロボットにより高度に自動化していた。製造能力はモータが月に15万台、アンプが8万4,000台。アンプが少ないのは、1つのアンプで、2本~3本のモータ、ロボット用のアンプだと6軸・6本のアンプを動かすという理由からだ。
自動化のための設計、つまり、ロボットで組みやすい設計を最初から考えている仕組みが見て取れる。自動的に次の場所に仕事を受け渡して、どんどん組んでいく。ロボットをよく見ていると、人の動きによく似ていたが、人と違うのは判断能力のスピードと正確さ。ロボットは人間の目に相当しているビジョンセンサで正確な位置を確認している。
ロボットはステータの防水性を上げるためのシール剤を一筆書きでぐるっと塗布していた。塗布したあとは、視覚センサがロボットの目として瞬時に確認、判断する。万が一、うまく塗布していなかったら、自動的にプイッと外に出すので、ロボットが止まることはない。このラインはロボットが22台、オペレータが1人。外に出したものは、オペレータが直して入れる。嫌なチョコ停を避ける仕組みがあった。
40秒に1台ずつモータが完成する。パレットに乗せ、物流に乗せて、最後の試験をする場所に移動する。その後、自動梱包のため、そこにまた運ばれていく―――。自然豊かなファナックの森の中では、こうして自社技術の詰まったハイテク商品を駆使して、商品を生み出していた。
皆が知りたいあの疑問―――ファナックはなぜ黄色なのか!?
さて、読者の皆様は、「ファナックはなぜ黄色なのか?」という素朴な疑問をお持ちの方も多いだろう。思いきって稲葉会長に尋ねてみたところ、意外な返答があった。
「単純なことなのですが、1972(昭和47)年に富士通から分離独立したとき、ファナックだけではなく、他にも数社が一緒に独立しました。その当時、富士通の社長が各社の社長も兼務していたので、稟議書が各社から上がるとき、分類しやすいように、ということで、各社で色を決めたのです。ファナックは、“どうせなら目立つ色で早く見て貰おう!” という魂胆から黄色を選んだ。ピンクを選んだ会社もあったが、当社がピンクを選ばなくて良かったな、と思います(笑)」(稲葉会長)
一歩違えばピンクのファナックになっていた可能性も――と思うと衝撃的だが、稲葉会長は、「ファナックは、やるとなったら徹底するものですから、制服をはじめ、自動車、建物等全て黄色にしたんですね。46年間、黄色をずっとコーポレートカラーとして使っているので、今ではファナックといえば黄色、黄色といえばファナックというイメージが定着しました。会社としては非常に良かったと思います。」と笑顔をみせた。なるほど、ファナックの黄色は“やるといったらとことんやる”という姿勢の表れなのかもしれない。
最後に業界の未来を担う若い人材にメッセージをお願いしたところ、「われわれの基本はものづくり。AIやIT、バーチャルの世界に憧れて、こちらの世界に足を踏み入れても、それは地に足が付かないことになってしまう。ものづくりはモノに触らなければ、本当に使えるアプリケーションソフトはつくれないのです。また、製造業に興味を持つ女性が増えたらいいなと思っています。リケジョがブームになり、情報、化学、生物には進む方も増たようですが、残念ながら機械と電機は女性の学生が1~2%しかいないという少なさです。皆様からも、ファナックには女性のエンジニアはいないんですか? とよく尋ねられますが、そもそも専攻する女性が少なすぎるのは困ったことです。ものづくりに興味を持つ女性のエンジニアが増えてファナックにもたくさん入社してくれれば嬉しいですね。」と、期待を込めた。
今年は世界最大級の技術ショーである「JIMTOF」が開催される年。ファナックでは、高性能、高精度はもちろん、IT技術を使って製造現場をスマートに、いかに賢くしていくか――を全面に打ち出していくそうだ。どんな展開が待っているか楽しみである。