幻の腕時計「TAKANO」が復活

シャトーヌーベル・クロノメーター

 

 幻の腕時計「TAKANO」が復活し、5月31日にメズム東京(東京都港区海岸)で発表会が開かれたが、これがただの発表会ではなかった。ISO3159の規格に基づくフランスのブザンソン天文台クロノメーター検定に合格した新生TAKANOのファーストモデルが紹介されたのだ。この立役者は世界的にも有名な独立時計師、浅岡 肇 東京時計精密社長である。

 浅岡氏は、2009年に日本で初めて難易度の高いトゥールビヨン機構を搭載した超高級機械式腕時計を発表し、世界中に大きなインパクトを与えたが、もともとはプロダクトデザイナーだ。機械好きが講じて自分が描いたデザインに基づき、一つ一つの部品を金属素材から機械式加工で削り出し、ケーシングして完成させるまでの全工程を独りでこなす希有な人物である。

 「TAKANO」が幻の腕時計といわれる理由と復活にかけた思い

独立時計師、浅岡 東京時計精密社長

 もともとTAKANOは高野精密工業が高級時計を目指して世界一の薄さに挑み、1957年に自社ブランドでファーストモデルを誕生させたものだが、その2年後に伊勢湾台風で本社工場が壊滅的な被害に遭い経営難に陥ってしまった。1962年にはリコー傘下となり、その時計製造のノウハウは守られたが、たった5年弱でTAKANOのブランド銘は消え、幻となってしまったのだ。

 浅岡氏は時計製作に携わった当初からTAKANOの「高級時計はスイスというイメージを変えよう、世界最高の時計をつくろう。」という意欲に共感していたという。2年ほど前に取材をした際、「高級時計といえばスイスというイメージがあるが、いつかメイドインジャパンで世界を驚かしたい。」と言っていたことを思い出した。この頃には構想を練り、すでに準備をしてたのだ。この時、浅岡氏は、製造業が他国との価格競争に疲弊し、ブランド力が落ちていく様子を「黙ってみていられない。」と述べている。

 さて、今回発表された「シャトーヌーベル・クロノメーター」は、東京時計精密がTAKANOの商標を有するリコーエレメックスとライセンス契約を締結し、TAKANOの気概とブランドを継承したもので、第1作目となる時計は21世紀初の国産クロノメーターウオッチである。注目すべきは、「復活製品を世界的高級時計にするには、自主検定では品質保証に客観性がないため、世界最高水準の検定機関の認定を受ける必要がある。」と考え、正確に時を刻む超高精度な時計の証しでもある〝CHRONOMETER(クロノメーター)〟の文字が使えるよう行動に出たことである。

国産腕時計初! 世界的高級時計を保証

時計に精通している山田五郎氏(左)を迎えたトークイベント

 

証明書

 現在、世界最高水準の検定ができるのは、ブザンソン天文台のほかスイスに3か所(ジュネーブ、ビエンヌ、ル・ロックル)、ドイツに1か所(グラスヒュッテ)あるが、自国製以外の検定を受け付けているのはブザンソン天文台だけである。スイスの検定機関ではムーブメントが単体で検定が行われるが、ブザンソン天文台ではケーシングをした〝完成品の状態〟で検定が行われるため、求められる精度は一段と厳しくなる。

 浅岡氏は「これらを念頭に製作した時計を10本、ブザンソン天文台に送ったが合格したのは僅か3本のみで、さらに精度を厳密化して送付したが合格したのは6割にとどまった。予想以上の厳格さだった。」と発表会の席で苦労を滲ませた。

 無事にこの厳しい審査に合格した時計は、ムーブメントに独自の「テット・ドゥ・ヴィベール(蛇の頭)の刻印が許され、クロノメーターの証明書が付いてくる。これらは国産腕時計では初めてのことだ。

 今後、年間約100本の製作を予定する新生「TAKANO」の時計「シャトーヌーベル・クロノメーター」は、格式あるブザンソン天文台が検査を行い、世界的高級時計を保証することになる。

 浅岡氏は、今後とも「機械式時計というテーマで、その機構・造形・製作手段などを統合的に追求し、調和させることを模索していく。」という。

 今回の発表会では、時計や西洋美術など幅広い分野に精通し、執筆や講演活動も行いながら様々なメディアで活躍している山田五郎氏を迎え、トークイベントとして浅岡氏と新生TAKANOについてトークセッションを行い、会場を沸かせた。また、現在、東京時計精密で活躍している若手時計師も紹介された。

 

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