未来への投資 その覚悟は十分か

 

 「失われた30年」という言葉が使われるようになって久しい。バブル崩壊以降、日本企業は債務、設備、雇用という三つの過剰を抱え、その解消を最優先にしてきた。その結果、新たな設備投資や賃上げは後回しとなり、防衛的な経営姿勢が長く続いた。国内投資は伸び悩み、デフレと低成長が常態化したことは周知のとおりである。

 世界は今、大きく変わっている。人口減少や深刻な人手不足に加え、地政学リスクの高まり、エネルギー問題に加え、AIをはじめとする技術革新が産業構造そのものを変えようとしている。こうした時代に投資をためらえば、経済成長だけでなく経済安全保障まで揺らぎかねない。各国が財政支出を伴う積極的な産業政策へと舵を切っているのも、その危機感の表れだろうと推測している。

 こうした流れを受け、政府は「日本成長戦略17分野」における官民投資ロードマップを公表した。2040年度までに370兆円超の官民投資を呼び込み、供給力を高め、雇用と所得を増やし、その結果として消費や企業収益、税収を押し上げる――。まさに「投資が成長を生み、成長が次の投資を呼ぶ」という好循環を描いた構想である。

 正直にいうと、私はこの370兆円という数字を見て、少々物足りなさを感じた。政府は、成長戦略が順調に進めば累計410兆円の追加投資が実現し、2040年度には名目GDPが約1100兆円に迫ると試算している。しかし、2025年度の名目GDPが約670兆円であることを考えると、15年後の1100兆円という目標は決して野心的とは言えないのではないか。

 2040年には、GDP世界ランキングの上位3か国は米国、中国、インドが占める可能性が高い。日本がその次の第4位を維持できるかどうかは、今後15年間の投資の質とスピードにかかっている。

 さて、その370兆円超投資額の中身だが、AI・半導体が101.6兆円と群を抜いて多く、続いてデジタル・サイバーセキュリティで55.4兆円、次に創薬・先端医療で43.3兆円、4番目に意外にもコンテンツで33.7兆円、そして合成生物学・バイオが33.6兆円と続く。日本が将来の競争力をどこに見いだそうとしているのかがよく分かる。

 なかでも注目したいのは、わが国が大幅に出遅れ、従来のAIから巻き返しを図ろうとするフィジカルAI(特にAIロボット)だ。いうまでもなくAIの進化は劇的であり、特にAX(AI、トランスフォーメーション)に期待がかかる。


 従来の生成AIだけではなく、ロボットや製造装置、自動搬送システムなど現実世界で自律的に動くAIこそ、日本の製造業が世界で勝負できる分野ではないだろうか。AIを単なるIT技術としてではなく、製造業そのものを変革するAX(AI Transformation)の基盤と考えるなら、フィジカルAIは次の産業革命を支える中核技術になる。

 政府は2040年までにAI・半導体市場を約60兆円規模と見込んでおり、日本が世界シェア3割超、20兆円規模を獲得する目標を掲げている。しかし、AIの進化は想像以上に速い。世界はもっと早いスピードで動くと予測できるうえ、ましてやわが国の産業競争力強化や構造的人手不足への対応など喫緊の社会課題に照らすと、この目標は2040年ではなく、2030年代前半を目指すくらいの覚悟があっても良いと感じた。

 そんな中、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOと日本企業が連携し、国産フィジカルAIの開発に取り組むというグッドニュースが伝わった。日本の強みである製造技術と世界最先端のAI技術が結び付けば、新たな産業競争力を生み出す可能性は十分にある。次世代のフィジカルAIがわが国でどこまでつくれるか、期待に胸が膨らむ。

 一方で気掛かりなのが量子技術である。量子コンピュータは創薬や材料開発、金融、物流、エネルギー、工場運営など、社会のあらゆる分野を変革する可能性を秘めている。それにもかかわらず、今回の投資額は13.2兆円で8番目にとどまり、期待外れだった。もちろん、投資額だけで重要性を測ることはできないが、日本が将来の競争力を考えるなら、量子技術への本気度をもう一段高めてもよいのではないかという印象は拭えなかった。

 結局のところ、この成長戦略の成否を決めるのは政府だけでなく、実際に設備投資を行い、新技術を導入し、人材を育てるのは企業である。官と民が同じ方向を向き、将来への投資をためらわないこと。それが「失われた30年」を本当の意味で終わらせる唯一の道ではないだろうか。

 いま日本に求められているのは、「守る経営」から「未来へ投資する経営」への意識改革かもしれない。370兆円という数字以上に、その覚悟が問われている気がしてならない。

 

 

 

MOLDINO