「ほこ×たて」ねつ造問題について

「MECT2013」の会期中、元気に動き回っていたところ、タイミングが悪く、「ほこ×たて」のヤラセ問題が騒動となった。問題の内容を知って、非常に残念な気持ちでいっぱいである。

本当はせっかくコメントを下さった皆様に、一件、一件お応えしたいのだが、なかなかそうもいかず、ここで見解を述べたいと思う。

さて、問題のあった対決について私は観ていないが、告発した対決者の元ラジコン世界チャンピオン広坂正美氏の指摘を認めた形となった。

広坂氏のブログには、「2012年10月21日に放送された猿との対戦の際には、猿がラジコンカーを怖がって逃げてしまうので、釣り糸を猿の首に巻き付けてラジコンカーで 猿を引っ張り、猿が追いかけているように見せる細工をしての撮影でした」(一部抜粋)とあった。

これが事実であれば、道徳といった人間の根本的なことがすっぽり抜けているとしか思えない。もし、人間の首にヒモをくくりつけて走らせたらどうなるか。猿だって生きているし、感情だってある。ねつ造以前の問題だ。

結果さえ良ければいい、自分たちのシナリオどおりに動けば良い―――。
いつの間にか日本は、目的を達成するためには、手段を選ばなくても当然のような風潮になっていると感じた。物事の「正・悪」よりも視聴者ありきの、要するに数の論理重視の考え方が蔓延しているといった問題のほうが根深く、心配である。

さて、私はご承知のとおり、この番組の目玉企画である金属VSドリルを取材しており、普段から製造業界をウロついているので、この対決に限り、企業の取り組みについて全部ではないが、ある程度は理解しているつもりだ。

対決現場にいた私も出演者ではないのに夢中になったのは、取材をとおして企業の努力を知っていたからである。

番組では、技術的な観点からいうと、正直、多少「?」という表現もあったが、視聴者のほとんどは一般の方なので、理解しやすくするためには仕方ない。それよりも金属VSドリルのキモは、ものをつくる現場において、どんな難関でも立ち向かっていく――という強固な姿勢と勝ち負けの向こうにある企業努力だった。

視聴者は“技術・技能者の真剣な取り組み”に感動したのだ。
単なる勝ち負けに熱狂したわけではない。

テレビでは放映されなかったが、少なくとも金属VSドリル対決でみた技術者の涙は本物だった。大の大人が涙を流すことなどそうそうあるわけがない。そんな企業の努力も虚しく、今回のようなことが起きてしまったわけだが、なぜ、私がここまで言うかというと、社会性・公共性の高いテレビメディアの影響は大きく、国民に物事が間違いだろうが正しかろうが概念を植え付けやすい点に注目して欲しいからである。

やっかいなのは“無意識”に価値観や思想を国民に植え付けることも可能であることだ。裏を返せば、楽しい番組もたくさんある一方、一部の人間にとっては都合の良い価値観を国民に持たすことができるツールでもあるのだ、ということを認識してほしいのである。

偏った知識と間違った認識が垂れ流されぬよう細心の注意が必要なメディアが、このような努力を怠り、視聴率などの数字ばかりを優先して追いかけると、日本全体が世の中の善悪や真偽について鈍感になり、そのうち、無秩序になんでもありの考え方が蔓延する可能性だってある。ゆくゆくは日本がおかしな方向に向かう危険性だってあるのだ。

人間、生きていればある程度ハッタリも必要になるが、本質を疎かにし、その場しのぎの見せかけばかりに全エネルギーを集中させると、いずれ痛い目に遭うというのが世の常であり、実の前の虚はというのはそのうちメッキが剥がれるようになっている。虚構の世界を当たり前のように構築していると、そのうち、どれが現実なのか分からなくなって、現実がどこにあるのか見失う。

今回、「これをやれば視聴者は喜ぶ」という、一方的な思い込みがこのような残念な結果を招いてしまったといえるのではないか。視聴者の現実がどこにあるか見失ってしまったとしか思えない。

今回のねつ造問題はテレビ番組だけの問題ではなく、日本に蔓延しつつある「無秩序な、なんでもアリの考え方」をもう一度見直すいいキッカケになって欲しい。

 20211月sg_mol_edt_0

 

MECT2021