世界が絶賛! 日本初のトゥールビヨンを手がける浅岡肇氏の時計づくりは最高にクール!
機械式時計に搭載される機構は、部品点数が多いうえ、各部品の軽量化はもちろん高精度につくらなければならず、微妙なサジ加減も必要で製作には高度な技術を要する。動作機構は非常に複雑で繊細、かつ美しく、時間を刻む“もの”とはいえ高い芸術性が存在している。
たった3センチほどの腕時計に全ての要素技術がぎっしり詰まったトゥールビヨンを完成させる時計師は世界でもほんの十数人しかいないとされている中、2009年に浅岡肇氏が日本で初めて製造に成功し、その強烈な独自性を放つ時計は世界中から注目された。この時、部品のほとんどをたった独りで製作した浅岡氏の存在は、世界のトップクラスに立つ者として大きな称賛を浴びた。
現在、浅岡氏の時計づくりに切削工具メーカーのオーエスジー、精密加工分野で活躍している由紀精密が加わり、「プロジェクト・トゥールビヨン」が発足している。超高級時計は、浅岡氏の設計、精密加工のための特殊工具をオーエスジーが、精密加工を由紀精密がそれぞれ担当し、三位一体で日本発の“最高級技術”の結晶を世界に見せつける日が近づいた。なんてワクワクする話だろうか。
独立時計師、浅岡肇氏を訪ね、お話を伺った。
緻密な創意工夫
さて、今回、正直にいうと軽い気持ちでお邪魔した記者。打ち合わせをしてから、改めて記事を書こうと思ったからだ。
なんといっても、浅岡氏の時計は大変希少性が高く、美しさと精度を兼ね備えている一品である。現在、「HAJIME ASAOKA」のトゥールビヨンウオッチ「Tourbillon#1」は、和光本館で取り扱っているが、そのお値段はなんと6,825,000円(税込)。
このような超高級品を撮影する場合、普段の撮り方と全く違う。あらかじめ打ち合わせをしてから撮影をしようと思っていた。ヘタに写真を撮って高い芸術性が薄れてしまったら申し訳ない。(したがって一部の製品写真は浅岡氏からお借りしている)。
ところがどっこい。ひとたび浅岡氏のアトリエに足を踏み入れると、そんな気持ちはぶっ飛んだ。あぁ、こんなことを書きたい、あんなことを広めたいと沸々と湧き上がってきてしまったのだ。浅岡氏のものをつくり上げる情熱とこだわりに触れ、興奮のあまり、ICレコーダーを使用するのをすっかり忘れてしまったくらいシビレた。
「僕はもともとプロダクトデザイナーだったんですよ」と話す浅岡氏は、子供の頃から工作が好きだった。プロダクトデザイナーになり時計デザインの仕事に触れるうちに本格的な時計製作に打ち込んだという。
「好きじゃないとこの仕事はやれない」
浅岡氏はハッキリといった。
「価格に左右されない“もの”をつくるということは、魅力あるものをつくるということ。時計に手間をかけることは、ものすごく根気のいる作業です」(浅岡氏)
三位一体で挑む日本発のトゥールビヨン
機械式時計は上下左右どの向きで置いても時を刻む速度を同じにしなければならないが、主に部品の重さの違いといった理由から、重力の影響を受け、置き方によって時間に狂いが出てしまう。時計が正しく時を刻むためには、歯車が同じスピードで回転し続けなければならず、ヒゲゼンマイの伸縮でテンプの輪が規則正しい往復回転運動を繰り返す調速機と、ガンギ車とアンクルで構成される脱進機が、テンプに対して往復運動するための力を与え続け、テンプからの規則正しい振動で輪列を制御する仕組みが必要なのだ。
これらの複雑な超精密部品は金属加工で行う。
ねじもひとつひとつ細かい。
奥にある作業場には時計製作のための旋盤などが並んでいる。
「うちの自慢は最初からバリが出ない加工ができること。完全バリレスです」と優位性について教えてくれたが、そもそも材料は温度によって伸び縮みする。時計の部品となると加工熱でダメージをくらいそうなのだが、美しさと機能を求めるには切削加工が有効な手段であり、ここに浅岡氏の徹底したこだわりがあった。絶対に妥協はしない。そのためオーエスジーの工具も浅岡氏の要求に応えるため、形状はもちろん特殊な技術が盛り込まれている。
「普通、時計のために工具の開発はやらないでしょ。だけどこれはとても重要なことなんですよ。小さな部品に緻密な創意工夫をつめています」(浅岡氏)
そんな話をしていると、宅急便が届いた。由紀精密からだった。
荷物を開けると、リュウズが入っていた。浅岡氏の第一声は、「美しい!」。
「いやぁ~ホレボレする! これは由紀精密だからできるんですよ」と喜びの声を上げる。
この写真は、ケースの部品である。切りっぱなしの未仕上げとのことだが、「トゥールビヨンにしては比較的薄くて、綺麗なプロポーション」だと満足そうな浅岡氏。リューズがミドルケースの厚みのちょうど中央に入っているのもポイントなのだそうだ。
それぞれがバラバラに製作されても完全密着!
「ラグと胴は別体で、胴の部分は由紀精密、ラグはOSGが担当。接合面は3次曲面で、それぞれバラバラに製作されても、ご覧のとおり完全に密着して組み合わさります。スバラシイでしょう」(浅岡氏)
価格で左右されないものに本物の価値がある―――――。
まだまだイケるぞ! メイドインジャパン!
「磨きこそ魂が入るんだ」と研磨作業の重要性を示したあと、黒い四角いものを見せてくれた。未完成の文字盤だという。「この文字盤もね、切削工具のDLCコーティング技術が入っているんですよ」とのこと。ところで、フと世界の浅岡氏の普段使いの時計ってどんな時計なんだろう? と疑問に思ったので率直に聞いてみたところ、ひょいと時計ケースを出してくれた。
おおお! 珍しいものばかりじゃないか。そのセンスの良さに思わずのけぞる記者。
――――やっぱり浅岡氏はお洒落だ。
最後に浅岡氏は、「僕とオーエスジーと由紀精密で“プロジェクト・トゥールビヨン”を発足しましたが、それぞれの強みを活かして凝縮した時計は間違いなく日本の技術と高い志を世界に見せつけることができると思います。フェラーリは高級車ですが世界中から需要があります。価格は価値に反映するものだからこそ、価格にブレないものづくりは強いんです。僕は時計をつくることが大好きだから、これからも魅力あるものをつくっていきたい。また、これからの日本のものづくりを考えると、徹底的に自分の“好き”を追求し、価格に左右されないものづくりができる人材がどんどん出てきたら嬉しいですね」としめくくった。
機械式時計の最高峰、トゥールビヨンをつくる浅岡氏は少年がそのまま大人になったような不思議な雰囲気をまとっていたが、誰もがやらないことをやり遂げた。製作した時計には素晴らしい価値が付き、世界に挑もうとしている。
製造現場ドットコムでは、今後も世界を驚かす日本発のトゥールビヨンを追っかけます!
これこそ最高にクールなジャパンだ!