「世界的に大規模な製造業復権の動きを背景に生き残る道とは」 ~佐脇 紀代志 経済産業省 製造産業局産業機械課長(併)ロボット産業室長に聞く~
現在、世界的に製造業の復権に向けた動きが活発化している。
最近よく聞く「インダストリー4.0」は、ドイツが国家戦略として推進する政策で、ITを利用して“変種変量生産”を目指し、工場間や企業間の通信ネットワークを介して最も有利で効率的な生産を行うという目的を持つ。標準化に向けた取り組みを中心にして自国に有利な展開を図ろうとする動きも見逃せない。一方、アメリカも官民を挙げてこの動きに対抗する動きを始めており、IT企業がビッグデータを活用して製造業に参入する動きが盛んになってきている。今まさに、製造業界の未来を巡って国際的にも熾烈な覇権争いが繰り広げられているのだ。
現在、日本政府は、機械技術の結晶ともいえるロボットをコアにして、安倍総理をヘッドに『ロボット革命実現会議』を官邸主導で行っている。オリンピックイヤーである2020年を目標にロボットをコアとして日本の機械産業の最高峰を目指すのが目的だ。
世界的に大規模な製造業復権の動きを背景に、わが国が“ものづくりの国”として生き残っていくための方策について、佐脇紀代志 経済産業省製造産業局産業機械課長(併)ロボット産業室長にお話を伺った。
フワフワしたイメージのインダストリー4.0が突然「インダストリー4.0セット」という商品に!? という仮説
冒頭述べたとおり、世界規模で製造業復権の動きが活発化しているが、ドイツのインダストリー4.0もアメリカのインダストリアルインターネットも、製造現場で何が起きているか―――をデジタルデータとして溜める技術が格段に進歩してきていることを意味する。溜め込んだデータを分析したり、設備を整備するにも比較的手の届く範囲の投資をすればできるようになった。
佐脇課長は、「どの世界でもそうですが、勝負に勝つためのアイテムが増えれば、そのアイテムを使った戦法が開発されます。そこで遅れを取れば負けてしまう。活用できるアイテムが増えた以上は、それを使っていかにものづくりを元気にしていくか、という議論が深まっていくのは当然のことでしょう。今のところは、各国・各企業が持っているアイテムをどうやって活かしていこうか、と、試行錯誤している真っ直中にあるのではないかと感じています。それを比較的世界に上手にコンセプトとして打ち上げているのはドイツですが、おそらくドイツはインダストリー4.0といいながら、具体的な目標がまだ定まっていないような気がしています」と話す。
一般的に効率的な生産現場を構築していくためには、工場で起きていることをデータ収集し、それをもとに、例えば、改善運動と称して従業員の協力を仰ぎながら様々な表を作成して、対策していくものだが、「ドイツやアメリカの政策がそれらを発展させたものだと考えた場合、様々なものが見えてくる」という佐脇課長。
これらの動きを「ドイツもアメリカもITをフル活用して製造業の強化を図っているぞ! 国を挙げて攻めの姿勢に入ったぞ!」と捉えがちだが、それらが一体どんな影響を持つのか少し考えてみたい。ドイツもアメリカも日本もそれぞれ特長がある。日本がドイツやアメリカの政策に踊らされてしまう懸念はないのか。
「ドイツもアメリカもITを活用した効率的な生産現場の構築をしましょう、というだけで、実際問題、それがどういった効果をもたらせるものなのか、まだ掴み所が無い手探り状態に思えます。ただし、ここで考えなければならないのは、データが蓄積、分析される分、“こういうソフトや設備を買えばあなたの工場はより効率的になりますよ”という話がどんどん来るようになったときに、あらかじめ自分の工場の特長を踏まえて、どういう情報を信用すればきちんと改善できるかをよく考えておかないと、売り込まれたソフトやツールに振り回されるということが数年以内に起きてしまう可能性がある。そこで失敗すると、それこそ、そのシステムで一番オイシイ思いをする人の配下に入り、色んなものを吸い取られてしまうという悲惨なことになりかねない。これらを防ぐためには足元をしっかり見つめて自分で確認をしておくことが現在できる最善策じゃないかと思っています」(佐脇課長)
今はまだ外の情報から常に流れてくるフワフワしたインダストリー4.0がある日突然、『インダストリー4.0セット』のような商品としてやって来る可能性も否定できないわけで、“このセットを使わないと、発注してもらえませんよ”という事態だってあり得る可能性があると聞いた。やはり、手強い相手には先手を打つことが必要だろう。
インダストリー4.0にみる側面
「少なくとも先手を打つためには、その“商品”を鵜呑みにしないだけの足元をしっかり理解する努力を現場でしておくことも重要なことでしょう。ものをつくるための産業機械や工作機械を売り込む現場においてもそれに惑わされないような強み、あるいはデジタルデータを活かす場合にどういう“売り込み方”をするのが得策なのかということをしっかり見極めておくことが大切だと考えます。それぞれの現場の方々が深く考えてもらえばもらうほど、どんな点に注意すれば熾烈な競争に打ち勝つことができるのかと日本全体のレベルで考えることができるようになる。そうでなければ私たちだけが霞ヶ関で考えていても、本当にお役に立てているかどうかも解らなくなりますから、日頃から足元を固めて、オバケのような“インダストリー4.0”に惑わされずにしっかり皆様と共に対峙していかなければならないでしょう。デジタルデータやネットワークが手軽に使える時代において、日本の新しいものづくりのスタンダードは何が得策なのか、しっかり整理して示すことや、日本スタイルが世界的に見ても負けない環境になるよう、様々な議論を踏まえて政策調整などを行っていくこともわれわれの役目だと思っています」(佐脇課長)現段階で、インダストリー4.0の究極の姿を想定してみよう。
例として自動車の生産ラインを挙げると、消費者は3カ月後に例えばフィルクスワーゲンの制御システムを使い、ボディはBMWで、と、カスタマイズした自動車をリクエストができる。その一品物が流れ作業の生産ラインの中でロボットが自動的にラインを組み替えながら作り上げていく。これを一つの工場に集約するのではなく、下請け、二次下請けも含めて自動的にコントロールされる生産システムを目指しているのではないかという考え方である。
こうなると効率的に“変種変量生産”ができるメリットがある一方、製造工程が全てシステム化するとなると、日本の得意とする“最先端の技術に加えられる技能者の知恵”の持ち味がなくなるように感じてしまう。日本の商慣習にのっとった企業の取引形態にも影響が出るだろう。佐脇課長は、「全ての工程がシステムでできてしまうと、中小企業の多くは、システム全体の末端を担う1パーツに過ぎなくなる。非常に面白みの無いものづくりマシーンになってしまう可能性もあって、日本に合った考え方ではないように感じています」と、気にかかる点を挙げた。
そこで、熾烈な競争にさらされている日本の強みを活かすための政策が出てくるわけだが、日本は1980年代以降、世界に誇るものづくり分野を中心にロボットの生産、活用など各面において世界を牽引する“ロボット大国”としての地位を維持してきた実績がある。
そこで今、注目されているのが、「ロボット新戦略」だ。
ロボットの徹底活用でデータ駆動型の時代も世界をリード!
日本は産業用ロボットの年間出荷額、国内稼働台数とも世界一を誇る一方、世界でも類を見ないスピードで少子高齢化が進んでいる。生産年齢人口の減少や社会保障費の増大、老朽インフラなどに直面する課題先進国であり、これらの解決に向けてロボット活用の可能性が広がっている。ロボット革命とは、ロボット新戦略の要約によると、①センサー、AIなどの技術進歩により従来はロボットと位置付けられてこなかったものまでもロボット化することで、例えば、自動車や家電、携帯電話や住居までもがロボットの一つになる、②製造現場から日常生活の様々な場面でロボットが活用されることにより、③社会課題の解決やものづくり・サービスの国際競争力の強化を通じて、新たな付加価値を生み出し利便性と富をもたらす社会を実現すること―――である。
ロボット革命の実現に向けては、①日本を世界のロボットイノベーション拠点とする「ロボット創出力の抜本強化」、②世界一のロボット利活用社会を目指し、日本の津々浦々においてロボットがある日常を実現する「ロボットの活用・普及(ロボットショーケース化)」、③ロボットが相互に接続しデータを自律的に蓄積・活用することを前提としたビジネスを推進するためのルールや国際基準の獲得等に加え、広範囲な分野の発展を目指す「世界を見据えたロボット革命の展開・発展」の3つの柱として推進していくとし、2020年までの5年間は、政府による規制改革など制度環境整備を含めた多角的な政策的呼び水を最大限活用することでロボット開発に関する民間投資の拡大を図り、1000億円規模のロボットプロジェクトの推進を目指すとしている。
(資料出所:経産省)
新たなロボット技術の活用を試みる実証実験のための環境整備や人材育成を実施するために、具体的には、福島県で「福島浜通りロボット実証区域」(仮称)を設け、水中、空中のあらゆる分野におけるロボット開発の集積拠点となることを目指すとしており、IT人材の育成を抜本的に強化する。また、ロボットがもたらすメリットが期待できるとしている「ものづくり」、「サービス」、「介護・医療」、「インフラ・災害対応・建設」、「農林水産・食品産業」の5分野を特定し、各分野に実現すべき戦略目標を設定。2020年までの期間に集中的に政策資源を投入することにより戦略の実現を図るとしている。
「ロボット革命全体の強力な推進母体として、産学官の幅広いステークホルダーを巻き込んだ『ロボット革命イニシアティブ協議会』を今年前半には立ち上げる予定です。各分野のKPI(重要業績評価指標)をつくり、実現するためには、それぞれの立場の方がどういうアクションを取らないといけないのかということをお互いに確認し合い進めていく場でもあります。実行部隊といっていい」(佐脇課長)
現在、技術的にはGPSなどを利用して行ったり来たりするものはすぐに作れる時代になった。無人ヘリコプターなら今にでもすぐにできるだろうが、人に危害を及ぼすこと無く安全に効果的に飛ばせるために必要なルールはないのが現状である。道路を自動走行自動車のようなもの、つまり、人では無いものが判断して歩き回る状態を想像すると、どういうルールを設けるのか、という疑問もある。
佐脇課長は、ロボット関連規制改革の実行について、「ロボットの活用を前提とした規制緩和やルール整備の両面からバランスのとれた規制改革を推進し、これらを先述のロボット革命イニシアティブ協議会を中心に随時、課題を整理していきます」とし、人とロボットが協働するための新たなルール作り、不必要な規制の撤廃等を一体的に進めると説明した。
それによると、ロボットに関する電波利用システム(電波法)、ロボット技術を活用したものを含む新医療機器の審査期間(医薬品医療機器等方)、ロボット介護機器に係る介護保険適用種目追加の要望受付・検討等の弾力化(介護保険制度)、搭乗型支援ロボットや自動走行に関するルール(道路交通法・道路運送車両法)、無人飛行型ロボットに関するルール(航空法等)、公共インフラ・産業インフラ維持・保守におけるロボット活用方法(公共インフラ維持・保守関係法令・高圧ガス保安法等)、消費者保護のための枠組み(消費生活用製品安全法、電気用品安全法)等について、検討を進めるとしている。
ロボット関連規制改革の実行
(資料出所:経産省)
熾烈な国際競争の中で、ロボットを活用した新たな経済社会の構築に挑戦していくわが国は、幅広い生産システム全体の高度化を実現しつつ、多様な分野における社会変革の動きへ発展させながらロボット大国日本として世界をリードしていく――――。