ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の重要パーツ〝主鏡〟を加工したのは三井精機工業の横型マシニングセンタだった! 

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米国アラバマ州にあるAxsys Technologies社の工場内。三井精機の『AS6A』(現『HU100』)のマシンがズラリと並んでいる。手前の人が見ているのはベリリウム製主鏡の裏側


 2021年12月25日に打ち上げられた「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」(以下JWST)が観測を開始し、本年7月、JWSTが撮影したおびただしく光り輝く星や銀河の画像を公開し、世界中の人々を魅了した。この次世代宇宙望遠鏡は、1990年に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡の後継で、25年の歳月と1兆円以上の費用をかけた大プロジェクトによるものだが、大注目は、JWSTの重要パーツである〝主鏡〟が三井精機工業の横型マシニングセンタによって加工されたということだ。計画当初は2007年の打ち上げを予定していたが、JWSTは前例のない技術の集積であり、そのため設計・製作・試験等は困難を極め、延期に次ぐ延期を繰り返し、一時は計画の打ち切りの危機もあった。

 日本企業である三井精機工業のテクノロジーがNASAの偉業を支えた経緯について、同社精機販売推進室 下村栄司氏にお話しを伺った。

JWSTと三井精機工業のかかわり 選定された理由

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打ち上げ時は折りたたんだ状態で宇宙に出てから展開するため、このような形になっている。

James Webb Space Telescope NASA,ESA,CSA ​​​​

 現在、地球から150万km離れた月の裏側にある第2ラグランジュ点で観測中のJWSTの特長といえば、蜂の巣にも似た黄金色に輝く円盤のような形状と、その下にある重なったシート。打ち上げ時は折りたたんだ状態で宇宙に出てから展開するため、このような形になっている。

 この黄金に輝く円盤のようなものこそが〝主鏡〟で、遙か遠方の星や銀河のかすかな光(実際は赤外線)を捉えるための重要なパーツである。この重要な鏡の必要性を下村氏は、「宇宙は膨張しているため、遠方からくる光は波長が引き延ばされて赤外線になります。(注1) また、可視光線では銀河を取り巻くガスや塵が障害になり観測できない場合があるので、このわずかな赤外線を捉えるため、JWSTは巨大な鏡を搭載しているのです。」と話す。
〈注1:例えば救急車のサイレンの音が、近づいて来るときは高く、遠ざかって行くときは低く聞こえる(ドップラー効果)ように、光も遠ざかって行くときは波長が引き伸ばされて可視光が赤外線になる(赤方偏移)〉。
 

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三井精機が選ばれた理由を説明する下村氏

 JWSTの鏡の材質はベリリウム。毒性があるため、厳密な管理が必要な材質だが、鉄の約1/4の比重で約6倍の剛性を誇り、軽くて強いうえに、幅広い温度で形状を保てる特性がある。主鏡はこのベリリウムに金メッキが施されているもので、6角形の1つの鏡の大きさは1.3m。これが18枚集まって、直径6.5mの巨大な鏡となっている。ハッブル宇宙望遠鏡の鏡(直径2.4m)と比べて7.3倍の面積だ。

 ベリリウムが選定された理由は、様々な材料をテストした結果、JWSTの運用温度55K(-218℃)で形状を保てたことによる。ベリリウムは宇宙空間という特殊な環境でも対応できる材質なのだ。ちなみに鏡1枚の素材の価格はなんと50万ドル!(1ドル140円として7000万円!) 加工ミスは許されない!

 このJWSTのベリリウム製の主鏡の機械加工を担当したのは米国コネチカット州に本社を置くAxsys Technologies社(以下Axsys社)である。Axsys社は、使用する主鏡18枚に予備3枚の合計21枚を加工するためだけにアラバマ州に温度管理された専用工場を増設して、次世代望遠鏡の性能を左右する重要パーツを削るに相応しい加工機を導入することにした。土地柄、雷が多いため、バックアップ用の電源を機械と同等のコストをかけて設備した最新の工場だ。Axsys社はこの最新工場に入れる加工機を世界中から探して検討に検討を重ねた。

 その結果、非常に厳しい要求精度のなか、大型のテストピースで精度を保証した三井精機の『HS6A(現HU100)』横型マシニングセンタが選定され、2004年9月から12月にかけて8台の機械を納入することになる。

 Axsys社が加工機の選定にあたり、重視していたことは、下記のとおり。

(1)    大型のワークでも高い加工精度が確保できること。
(2)    その精度が常に安定して出せること。
(3)    機械の信頼性が高いこと。

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NASA ゴダード宇宙センターにて
巨大な加工面に5μm以上の誤差は許されない!

NASA/Desiree Stover

 世界中の数ある工作機械メーカーの中から三井精機工業が選ばれた理由について下村氏は、「Axsys社の要求が全て満たされたうえ、納期に対応できた。」ことを挙げた。この条件、文字にするには簡単だが、実際には非常に難しい。〝ものをつくるモト〟、いわゆる〝マザーマシン〟とも呼ばれる工作機械は、そもそも機械1台だけでも大変厳しい精度が求められる。今回のミッションは遙か宇宙の彼方を観測する次世代宇宙望遠鏡の主要パーツである主鏡の加工だ。巨大な加工面に5μm以上の誤差が出てしまえば、次世代宇宙望遠鏡としての機能を果たせなくなるので、〝マザーマシン〟の精度要求はますます高くなる。ちなみに髪の毛1本の平均太さは50μm~100μm。要求精度がいかに厳しいものかお分かりになるだろう。

 プロジェクトの納期は決まっているので、8台のマシン全てにおいてばらつきのない安定した高い精度を保たなければならないうえ、1台の鏡の機械加工完了までは約半年もの時間がかかる。この間、機械精度が変化を起こしたり、故障することは絶対に許されない―――。

 下村氏は、「実はAxsys社はマシンを導入するにあたり、複数の工作機械メーカーを候補に挙げていました。最後まで悩んだのは私たちともう1社。最終的に要求精度の保証、希望する納期と価格に何とか合わせることができました。このプロジェクトに何としてでも関わりたいという米国のセールスの情熱が日本側の役員、営業サポート、工場の設計、組立などを動かし、強力なチームワークを組めたことが成功の要因かと思います。」と振り返る。

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