完走率57%! これが海洋冒険家 白石康次郎氏とともに海を駆け抜けた「DMG MORI Global One(グローバル・ワン)号」だ!
見えない「運」を感じること
取材を進めているうちに、生まれてからというもの、〝命をかけて○○を実行する〟や、〝命にかけて○○を誓う〟という言葉を何度も軽々しく口にしてきた自分が恥ずかしくなってきた。目の前にいる白石選手はレース中において、一瞬の判断ミスが死に繋がる。運悪くマッコウクジラが浮上しても命を落とす可能性が高い。地球を相手にして常に神経を張り巡らせている緊張感は想像を絶するものだろう。レースの期間は3カ月ほどと長期にわたり、その間、毎日睡眠時間が2~3時間の仮眠程度。54才にしてこの人間離れした精神力と体力に驚くばかりだ。
データにないものを予測するのもレースにおける醍醐味のようだが、レース中は常に死と隣り合わせだ。万が一、船から転落したら、船は人間を置いて勝手に進んでいく。人間だけが海上に置いていかれるという事例が実際に起こっているというから震え上がる。選手にGPSをつけてもあまり意味がないという白石選手。「30分もすれば低体温症であの世行きか、そのうち魚のエサになっちゃうよ。」とサラッと説明してくれた。
自然の驚異を前にしてデータにないものと対峙する場合、頼るのはなにか―――。
白石選手はこの問いかけに「直感。カンしかない。」と答えた。
「カンってね、データ以上のことをすることがあるし、データ以下のこともする。僕は調子のいいときは直感で進むけれど、調子の悪いときはカンが鈍るから、データに従う。コンピュータの出したコースで走るわけ。今日は冴えてないと思ったらデータに頼った方がいい。カンは上がり下がりがあるから使い分けが大切。」とインスピレーションに従うこともあるという。そのため、目に見えない機運を高めるためにいつも機嫌を良くしているという白石氏。ポイントは〝自分の機嫌は自分でつくる〟点だ。
「自分の機嫌を人につくらせない、人に惑わされない。世の中がどうであろうが、自分の心を乱さないこと。」が機運を高める秘訣とのこと。居合いを学んでいるのも、一瞬の気の緩みで命が絶たれてしまうかもしれないヴァンデ・グローブに挑戦するためで、瞬時に真相を見抜く力を育んでいる。
さて、強靱な白石選手も人間である。レース中に大怪我を負ったり体調が悪くなったらどうするのだろうか。
この問いについて、「フランスと日本のドクターに連絡が取れるようになっています。医療トレーニングとサバイバルトレーニングを受けなければレースに出場できません。体調が悪いとき、例えば、〝Aの何番を何錠飲んでください〟などの指示に従います。大怪我を負ってしまったときには、自分で傷口を縫えるよう訓練されています。」とのこと。もう、ここまでくると〝生きる達人〟〝最強の霊長類〟と言っても過言ではないだろう。
白石選手は、「このレースで一番簡単なことは死ぬこと。死なないことが重要なのです。他のレースと違うのは、勝ち負けじゃなくて、生き死になのです。生きていないと勝負がつかない。選手の持っている力の全てを用いて命をかけて世界一周をするということが素晴らしい。」と、完走率57%のヴァンデ・グローブの気高さ滲ませた。
SDGsの観点からもセーリングスポーツは合致
基本的にレースをスタートしてからゴールをするまで仮眠するだけという白石選手は、レース中の様子について、「どこかのブラック企業みたいといいたいところですが、黒どころか、なんの色もない無色透明です。」と笑った。食事は簡単なインスタント食品か缶詰。船内は水中発電機もあって、水をつくる海水を漉す機械もあった。船を軽くしたいので、水は積まないとのこと。水中発電機もあり、小さいプロペラを回して電気をつくる。燃料は使わない。こうしたことから白石選手は、「風だけの力で世界一周をする。企業がセーリングチームを持つのは素晴らしいと思います。しかも環境を大切にしつつエキサイティングなレースができる。環境エネルギースポーツといってもいい。」と話した。
なお、白石選手は「Vendée Globe 2020-2021」のレース中に、一般商船や海洋調査船の航行が少なく、研究調査がまだ行き届いていない南氷洋等を含む合計6箇所で海洋マイクロプラスチックのサンプルを採集し、JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)に提供しており、このほど国土交通省、文部科学省、農林水産省、経済産業省及び環境省が内閣府総合海洋政策推進事務局の協力を得て実施している「海洋立国推進功労者表彰」を受賞した。
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