【JTA設立10周年記念特別座談会】「2015年2団体統合へ あの頃あの時」

 

統合へ向け東奔西走

 

 八角 超硬とハイスの垣根がどんどんなくなってきたということか。
 増田 時代の流れとともに統合しても問題ないだろうという空気が出てきたものの、双方の文化が違うので意見を聞くため企業を訪ねた。超硬工具協会の中では、「統合するしないは、どっちでもいいけど、やろうと言うならやろう!」という雰囲気だった。堀さんはもっと苦労したのだと思う。
  わたしも各社回ったが、反対意見が多く、事務局にもかなり動いて頂いた。
 岩田 1社ずつお会いして話をされていた。
  統合前に統合推進委員会を結成した。
 増田 このとき、両団体が5社ずつ選出した。
 岩田 そこは揉めなかった(笑)
  揉めなかったのはメンバーに有識者が多く、その分、理解があったと思う。
 岩田 私は統合推進委員だったこともあり、よく周囲から反対意見を聞いたが、統合のメリットや、疑問点を増田さんと堀さんはもっと見られてきたと思う。
 増田 日本工具工業会は家族経営が多かったので、冒頭申し上げたとおり、その良さを取り入れたかった。また、運営については双方、考え方は一緒だった。環境問題の取組みにしても実行していることは同じ。お客様のニーズに応えようと必死だったことも一緒だった。
 八角 両団体が一緒になって統合推進委員会を結成し、「もうこの辺で良いだろう」という空気感はあったか。
 牛島 事務所のリーダーが前向きかどうかで雰囲気は変わる。事務局をひとつにするということが目に見えていた。中には内心、先の心配をする方もいらっしゃったと思うが、心配が先に出てしまうと前には進まない。
  統合が難しかった理由のひとつに超硬工具協会に大企業が多かったこともあったと思う。中小企業が多い工具工業会側としては、われわれの意見が通らないのではないかという不安があった。
 石川 自由に発言ができないかもしれない、工業会の運営には携わりにくいという意見も見られたので、最初は1+1を見ていくしかなかった。1+1を2.5にしようという議論がなかったわけではないのだが、そこで効率などを求めると、せっかく統合推進委員会で活動してきたことが裏目に出る可能性もある。なので最初の2年は専務理事も両団体から選任し2名体制をとった。

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