【継続取材】超硬工具のリサイクル――タングステン供給リスクと国内循環

写真はイメージです
 

超硬工具リサイクルをめぐる企業戦略と加工現場の実状

 切削工具のリサイクルが、資源価格と地政学リスクに左右される製造業の重要課題になっている。なかでも焦点となるのが、超硬工具の主原料であるタングステンだ。中国による輸出管理や国際価格の上昇を受け、使用済み超硬工具や研削スラッジを国内で回収し、再び工具原料へ戻す仕組みの重要性が増している。

 超硬工具のリサイクルは、単なる廃棄物削減策ではない。超硬スクラップを「次の鉱物資源」として捉え、調達、製造、使用、回収、再資源化をつなぐ取り組みである。筆者は、製造現場ドットコムの開設以前から、紙媒体で切削工具業界を取材してきた。

 本稿では、2012年以降に重ねてきた超硬工具とリサイクルに関する取材を、資源調達、企業戦略、製造現場という視点から再構成した。日本機械工具工業会、工具・素材メーカー、加工企業への取材を通じ、タングステンの国内循環をめぐる現在地をまとめた。
(取材・文=那須直美)
 

〈この記事のポイント〉

(1)超硬工具に使われるタングステンは、供給国の偏在が大きい重要鉱物である

(2)国内の超硬工具リサイクル率は約3割にとどまり、海外流出と現場での分別が課題になっている

(3)使用済み工具の回収と並行して、タングステンを使わない代替材料や使用量削減合金の開発も進んでいる

(4)資源循環は、環境対応に加え、原料調達、工具価格、製品設計にも関わる経営課題である

切削工具の性能を支えるタングステン

 超硬合金は、炭化タングステン(WC)をコバルトなどの結合材で焼き固めた材料である。硬さ、耐摩耗性、耐熱性に優れ、自動車、航空・宇宙、半導体製造装置、金型、精密部品などの加工に欠かせないうえ、切削工具の性能にも大きく影響する。ざっくりいうと、切削工具も〝切れ味〟が安定しなければ、加工精度、生産性、品質の維持は難しいのだ。

 一方、原料となるタングステンは供給地域の偏在が著しい。日本はその多くを海外からの輸入に頼っており、産出国の政策、輸出管理、国際市況、為替の影響を受けやすい。工具価格の問題に見えても、その背景には鉱物資源の調達構造がある。

中国の輸出管理とAPT価格の急騰

 供給リスクを一段と顕在化させたのが、中国によるタングステン関連品目の輸出管理である。タングステンの国際価格指標の一つであるAPT(パラタングステン酸アンモニウム)の価格も大きく上昇した。

 製造現場ドットコムの取材で確認した指標では、2026年3月18日時点の欧州市場におけるAPT価格は、1MTU(酸化タングステン〈WO₃〉10kg相当)当たり2,100~2,400ドルとなり、中心値は2,250ドルに達した。これは2025年2月の水準と比べて約6.6倍に当たる。価格は地域や取引条件、集計時点によって異なるが、調達環境が短期間で大きく変化したことを示している。

 こうした変化は、素材メーカーだけの問題ではない。切削工具の値上げ、見積有効期間の短期化、工具仕様の見直しなどを通じ、加工現場の原価と生産計画に直接影響する。

超硬スクラップは「次の原料」になる

 超硬スクラップは新しい概念ではない。使用済み超硬工具は、1930年代からタングステンを含む有価物として取引されてきた。ただし、回収品を粉末・化学処理によって再び工具原料へ戻す精錬型のリサイクルが本格化したのは2000年代以降である。

 製造現場ドットコムでは2012年にも、中国への供給依存と価格高騰を背景に、超硬合金スクラップからタングステンを高効率で回収する国内技術を取材している。当時から課題は「使い終えた工具をどう処分するか」ではなく、「国内にある資源を、いかに国内の製造基盤へ戻すか」にあった。

 現在は、使用済みのチップ、ドリル、エンドミルだけでなく、工具製造時に発生する研削スラッジも重要な回収対象になっている。適切に選別され、再資源化工程へ渡されれば、超硬スクラップは鉱石由来原料の一部を代替できる。

2014年に報じた「脱タングステン」 ダイジェット工業のサーメタル

2011年に初登場した「サーメタル」(下)。写真(上)は劣化した超硬合金。サーメタルは高温下における耐酸化性による劣化がほとんどない

 

 資源リスクへの対応は、回収と再生だけではない。タングステンを使わない材料への置き換えや、使用量そのものを減らすという選択肢もある。

 製造現場ドットコムでは2011年から、ダイジェット工業が開発した新材料「サーメタル」を取り上げてきた。サーメタルは炭窒化チタン(TiCN)を主原料とする複合材料で、タングステンとコバルトを含まない。超硬合金やセラミックスと同程度の硬さと耐摩耗性を持ちながら、超硬合金の約3分の1という軽さ、耐焼付き性、耐酸化性などを特徴とする。

 2014年8月の記事では、同社がサーメタルを用いたダイスで金型の量産に成功し、燃料電池や自動車部品向けに一定の受注を確保したことを報じた。同社は同年秋を目処に1億円強を投じ、量産へ移る方針を示していた。タングステン価格の上昇が問題となるなか、「脱タングステン」をコストと供給リスクの両面から捉えた取り組みだった。

 この技術開発は一時的なものではない。2016年にはサーメタルなど高品質合金の生産能力増強を目的に、三重県伊賀市で総投資額約10億円の新工場建設を発表した。その後も同社は、省タングステン材料としてサーメタルの用途開拓を続けてきた。

ダイジェット工業と冨士ダイス 使用量削減合金で提携検討

 そして2026年、ダイジェット工業と冨士ダイスは、タングステンとコバルトの使用量を削減する新合金の開発・販売について、業務提携の検討を開始した。

 ダイジェット工業は2010年にタングステンとコバルトを含まないサーメタルを開発・販売している。一方、冨士ダイスも両金属の使用量を削減した新合金の開発を進めてきた。中国が2025年2月にタングステンを輸出管理の対象とし、供給不安と価格高騰が強まるなか、脱タングステンを業界共通の課題とする両社の方針が一致した。

 両社は、それぞれの技術と経営資源を活用した新合金の開発に加え、双方の販売網を使った販路拡大も検討する。2010年代に始まった代替材料の開発が、地政学的リスクを低減する企業間連携へ発展しようとしている。

 原料の比率を高めること、海外へ流出するスクラップを国内へ戻すこと、代替材料を開発すること、製品一個当たりのタングステン使用量を減らすこと。いずれか一つで問題が解決するのではない。複数の手段を組み合わせることが、供給リスクに強い製造基盤につながる。

国内リサイクル率は約3割 工業会が指針を改定

日本機械工具工業会がまとめた超硬工具スクラップのリサイクル促進に向けた選別・保管・処分に関するガイドライン

 日本機械工具工業会によると、国内の超硬工具リサイクル率は約3割にとどまる。国内で発生した超硬スクラップの一部が海外へ流出すれば、日本の製造現場で再利用できる資源も失われる。

 同工業会は2026年、超硬工具スクラップのリサイクル指針を改定した。工具使用者に向け、超硬、サーメット、ハイスなどの選別、保管、引き渡しの考え方を示すとともに、回収した資源を国内の製造基盤へ戻す方針を表明した「リサイクル窓口事業者リスト」も作成した。

 ここで重要なのは、回収量だけではない。異なる材種が混ざれば、再資源化の効率や品質に影響する。発生した段階で正しく分け、適切な回収先へ渡すことが、国内循環の入口になる。

 

三菱マテリアルが構築する回収・精錬・再製品化の循環

 三菱マテリアルは、使用済み超硬工具や研削スラッジを回収し、グループ内でタングステン原料へ戻す循環体制を構築している。国内では、日本新金属の秋田工場が湿式精錬を担い、回収したスクラップから鉱石由来品と同等水準のタングステン原料を再生する。

 この仕組みは、単にリサイクル設備を保有するという話ではない。上流の原料回収・精錬から、粉末、超硬素材、切削工具、再回収までをつなぎ、供給網を自ら管理する取り組みである。中国の輸出管理が強化された局面でも、同社は必要量を確保できたという。

「原料は外部から購入するもの」という従来の前提は変わりつつある。市場に出た工具を回収し、自社の次の原料にする。循環量を増やすほど、資源価格や輸出政策による影響を抑える余地も広がる。

H.C. Starckに約5,000万ユーロを投資

 三菱マテリアルは2024年、ドイツのH.C. Starck Tungsten GmbHを買収した。H.C. Starckは100年以上の歴史を持ち、欧州、北米、中国にタングステン粉末・炭化タングステン粉末の生産拠点を展開している。

 同社はドイツ・ゴスラー拠点に約5,000万ユーロを投じ、タングステンのリサイクル能力を年間5,000トンから7,000トンへ引き上げる。建設開始は2026年、完成は2028年の予定だ。現在も原料の約8割にリサイクル材を使用しているが、増強後はほぼ全量をリサイクル原料で賄う計画である。

 三菱マテリアルは、日本、欧州、米州、アジアの各地域で循環網を整備し、2030年度までに超硬製品の原料を100%リサイクル原料へ切り替える目標を掲げる。国内の精錬基盤と海外拠点を組み合わせ、地域ごとに回収と再資源化を完結させる構想だ。

製造現場に残る「分別の壁」

近藤製作所は社員教育を行い、超硬・サーメット・ハイスなどを種類ごとに分別

 循環の入口に立つのは、工具を使う加工現場である。しかし、現場での分別は簡単ではない。

 近藤鉄工所では、超硬、サーメット、ハイスを全社で分別し、超硬スクラップを住友電気工業の国内リサイクルへ回している。取り組みの契機は、商社や工具メーカーから「回収したスクラップが海外へ流れる場合がある」と聞いたことだった。国内で使う資源を国内へ戻したいとの考えから、分別を始めた。

 一方、現場からは「分別が面倒」「分け方が分からない」「超硬とサーメットの違いが分からない」といった声も出る。回収箱を置くだけでは定着しない。なぜ分けるのか、何を分けるのか、どう見分けるのかを作業者へ伝え、迷わず投入できる表示と置き場を整える必要がある。

 つまり、分別は環境部門だけの仕事ではない。工具管理、購買、生産技術、現場作業者が共通の知識を持つことで、初めて循環が機能する。

資源価格の上昇は工具選定も変える

 タングステン価格の上昇は、加工現場の工具選定にも変化をもたらしている。近藤鉄工所への取材では、超硬工具の価格改定が年に複数回行われるほか、直径12ミリ以上のソリッドエンドミル、ドリル、超硬モジュラーシャンクなどで価格が都度見積もりとなり、見積有効期間も短くなっているという。

 その結果、ソリッド超硬ドリルに対し、刃先だけを交換するヘッド交換式ドリルの経済性が相対的に高まっている。使用する超硬量を抑えながら性能を確保する設計は、調達リスクとコストの両面で意味を持つ。

 回収して原料へ戻すことに加え、工具一本当たりのタングステン使用量を減らす、長寿命化する、再研磨して使う。資源循環は、廃棄後の処理に限らず、工具の設計、選定、運用まで含む課題である。

循環の成否を決めるのは現場の知識

 超硬工具のリサイクルは、環境対応の付加的な活動ではなくなった。タングステンの安定調達、工具価格、生産継続、経済安全保障を結ぶ製造戦略の一部である。

 メーカーが精錬設備を増強しても、使用済み工具が正しく回収されなければ原料は戻らない。加工企業が分別しても、回収後に海外へ流出すれば国内循環にはつながらない。工具メーカー、商社、回収事業者、加工企業の役割が一本の線になって初めて、使用済み工具は「次の原料」になる。

 その出発点は、製造現場にある。工具を捨てる前に材種を見分け、分けて保管し、行き先を確認する。一見地道な作業が、国内のタングステン資源と製造基盤を支える。

 製造現場ドットコムは今後も、資源価格や企業発表だけでなく、回収、分別、工具選定を担う現場の実態を継続して取材する。

〈関連記事〉

●日本機械工具工業会が超硬工具スクラップのリサイクル指針を改定 タングステンの国内循環強化へ(https://seizougenba.com/node/14452

●三菱マテリアルの取り組み 超硬スクラップが〝鉱物資源〟に
https://seizougenba.com/node/14467

●三菱マテリアル、独H.C. Starckのタングステンリサイクル能力を増強
https://seizougenba.com/node/14464

●近藤鉄工所に見る超硬工具スクラップの分別と国内循環
https://seizougenba.com/node/14469

●超硬合金スクラップからタングステンを高効率で回収する技術(2012年)
https://seizougenba.com/node/14469

●三菱マテリアル、加工事業カンパニーの組織を再編 資源循環と製品事業を一体化
https://seizougenba.com/node/14423

●ダイジェット工業の「サーメタル」に注目!(2014年)
https://seizougenba.com/node/4586

●超硬工具の可能性に挑む! サーメタル「CT500」(2012年)
https://seizougenba.com/node/1354

●ダイジェット工業が三重県伊賀市に新工場を建設(2016年)
https://seizougenba.com/node/8022

●ダイジェット工業が冨士ダイスと業務提携の検討開始(2026年)
https://seizougenba.com/node/8022

 

MOLDINO