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【記者の目】~同意なきTOB 法整備を願う~
昨年、世間様の多くが仕事納めの12月27日、機械業界関係者にとって驚愕するニュースが流れた。ニデックによる牧野フライス製作所への買収提案である。長年、機械工具周辺機器業界専門媒体で活動している筆者も周囲の記者も驚いた。多くの企業はすでに休日に入っているか、または午後からお休みモード突入といったところだろう。まったく電話も鳴らず、静かな昼下がりの出来事だった。
マキノの社長はじめ社員は当日のニュースでこの事を知ったという。社長は海外に出張中だったが連絡を受け急遽帰国したそうだ。寝耳に水の経営陣は年末年始どころではなかったと推察するが、年明けには特別委員会を設置し、公正性、透明性、客観性をもってこの買収提案を検討すると発表した。
年明けといえば、賀詞交歓会ラッシュである。どの賀詞会でもこの話題で持ちきりだった。各業界団体の賀詞交歓会やその後の各会合などでお会いした経営者の皆様にこの買収について感想を伺ってみたが、筆者の接した限り、賛同する人は誰一人いなかった。
買収の方法はケースバイケースだが、やり方によっては買収会社のイメージが悪くなるケースもあるといわれている。なお、筆者は賀詞交歓会で聞き回った感想をもとに、1月17日締め切りだったベストブック社の月刊「ベルダ」2月号にコラムをすでに寄稿している。
買収による所定の効果が見込まれなくなったとき
従業員が企業文化の異なる環境に置かれると、その変化に反感を抱いて離職者が続出することは珍しくない。もちろん、うまくいっている企業も多いが、過去のケースから買収されて数年後には中心的な技術者や営業担当者が同業他社に転職して抜け殻になったり、業績が良かったのは最初だけでその後は赤字続き、というところもなきにしもあらず。買収会社は必ずシナジー効果を謳うが、なかなかそうはいかないものが世の中というものなのだ。スケールメリットを活かして生産力を強化しても、工作機械のように機密性が高くユーザーニーズが多種多様な場合は、似たような製品を量産しても自社も顧客も競争力は生まれないと感じている。
ここで、筆者が強調したいのは買収による所定の効果が見込めなくなったときにどうするか――――である。あるメーカーは土地転がしに遭ったように外資に売り飛ばされてしまい、国際競争力とはなんぞやと悲しくなったことを思いだした。
そもそもマザーマシンと呼ばれる工作機械は、しつこいようだが機密性も高く、ものの最終製品に大きく影響力を与えるものであり、どの国でも重要産業の位置付けにある。そこが一般消費財とは違う点だ。
工作機械を設備する経営者の中には、社運と自身の人生をかけて高価な工作機械を設備する人も多い。そのため、機械メーカーは顧客のニーズに合致したマシンを丁寧に製作するうえ、日頃から細かなメンテナンス等まで対応している。モノをつくるもとであるマザーマシンの工作機械は売りっぱなしで、ハイ終わり! ってなわけにはいかぬものなのだ。日本の工作機械メーカーが国際的にみても評価が高い点は、細かい〝サービス〟と機械の〝作り込み〟の技術にのっかった高い精度にある。
ニデックは、同意がなくても予定どおり株式公開買付(TOB)を実施し、完全子会社化をめざすとしている。寝込みを襲うような〝サタデーナイトスペシャル〟的手法であっても現在、世のルールである法律がそれを認めているので、わが国も今後このような買収方法が増加してくる可能性が大きいだろう。筆者はその背景に、次のような施策が影響しているように感じている。
望ましい買収とは
まず東京証券取引所は、上場企業の株価純資産倍率(PBR)が欧米に比べて低く、日本の場合、上場企業の約半数がPBR1倍割れになっていることを問題視し、2023年3月に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請した。次に経済産業省は、買収が活発に行われることは経済社会全体で見ても、M&Aが有するリソース配分の最適化機能の発揮や、業界再編の進展、資本効率性の低い企業の多い日本の資本市場における健全な新陳代謝にも資するとして、同年8月に「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて」を策定し、望ましい買収の活発化に向けた公正なルールを提示している。このなかには、従来使っていた“敵対的買収”の表現を“同意なき買収“に、“買収防衛策”を“買収への対応方針”に表現を換え、なんとなく悪いイメージを払拭しようとしているようにも見えた。
さて、今回のTOBに関して、日本金型工業会がアンケートを発表している。(https://www.jdmia.or.jp/)
それとは別に、筆者が耳にし、それを集約した今回の同意なきTOBの感想だが、大多数の人が経済産業省のいう“望ましい買収”(企業価値の向上と株主利益の確保の双方に資する買収)ではないということを示唆しているようにも思えた。その理由の多くは、先述のとおり、優秀な人材の流出などによるサービス、メンテナンスの低下など、加工事業を商いとする顧客にとっては待ったナシの深刻な問題を想定し、企業価値が負の方向にいくのではないかという懸念の表れであると感じている。
機械メーカーのお客様は株主ではなく製造業
ビジネスは「どこに貢献して利益を得るか」が大前提であり、機械メーカーのお客様は株主ではなく、あくまでも活用しているユーザーである。いくら合法的といえども、金の力で強権的に買収が行われるとなると、誰かが言っていたが、ドラえもんに出てくるジャイアンが、のび太に向かって、「黙って殴られろ!」と言ったシーンが頭に浮かぶ。
なぜ、こんなことを述べたかというと、製造業界では現在、〝下請けいじめ〟が問題になっているが、この問題の根底にあるのは、力の強いものが優越的な立場を利用し、〝受け入れられない要求〟をすることにある。今のご時世、企業はESG投資(環境、社会、ガバナンス)の時代で、環境や社会へ適切な配慮がある企業に中長期的に成長が見込まれ、そういう企業に投資をすべきだ、という動きが高まっている。社会を、会社を、経済を動かしているのは人間なのだ。
通常のM&Aのように双方同意のもとに基づいた友好的買収はほぼ問題がないはずだが、同意のない敵対的買収については、株主意思尊重の原則に立ち、株主総会の特別決議でもって買収に関する採決をし、買収反対に決議されればこの買収は無効にするといったことができないものか、と単純ながらこのようなことを考えざるを得ない。この場合、買収に賛成する株主が株式を売却する機会を奪われるといったことがないよう配慮する必要があるが、法整備を願うものである。