年別アーカイブ 2026年

直目

官民投資370兆円 ~フィジカルAIと量子技術から考える日本の産業競争力~

 

 「失われた30年」という言葉が使われるようになって久しい。バブル崩壊以降、日本企業は債務、設備、雇用という三つの過剰を抱え、その解消を最優先にしてきた。その結果、新たな設備投資や賃上げは後回しとなり、防衛的な経営姿勢が長く続いた。国内投資は伸び悩み、デフレと低成長が常態化したことは周知のとおりである。

 世界は今、大きく変わっている。人口減少や深刻な人手不足、地政学リスクの高まり、エネルギー問題に加え、AIをはじめとする技術革新が産業構造そのものを変えようとしている。こうした時代に投資をためらえば、経済成長だけでなく経済安全保障まで揺らぎかねない。各国が財政支出を伴う積極的な産業政策へと舵を切っているのも、その危機感の表れだろうと推測している。

 こうした流れを受け、政府は「日本成長戦略17分野」における官民投資ロードマップを公表した。2040年度までに370兆円超の官民投資を呼び込み、供給力を高め、雇用と所得を増やし、その結果として消費や企業収益、税収を押し上げる――。まさに「投資が成長を生み、成長が次の投資を呼ぶ」という好循環を描いた構想である。

 正直にいうと、私はこの370兆円という数字を見て、少々物足りなさを感じた。政府は、成長戦略が順調に進めば累計410兆円の追加投資が実現し、2040年度には名目GDPが約1100兆円に迫ると試算している。しかし、2025年度の名目GDPが約670兆円であることを考えると、15年後の1100兆円という目標は決して野心的とは言えないのではないか。

 2040年には、GDP世界ランキングの上位3か国は米国、中国、インドが占める可能性が高い。日本がその次の第4位を維持できるかどうかは、今後15年間の投資の質とスピードにかかっている。

 さて、その370兆円超投資額の中身だが、AI・半導体が101.6兆円と群を抜いて多く、続いてデジタル・サイバーセキュリティで55.4兆円、次に創薬・先端医療で43.3兆円、4番目に意外にもコンテンツで33.7兆円、そして合成生物学・バイオが33.6兆円と続く。日本が将来の競争力をどこに見いだそうとしているのかがよく分かる。

 なかでも注目したいのは、わが国が大幅に出遅れ、従来のAIから巻き返しを図ろうとするフィジカルAI(特にAIロボット)だ。いうまでもなくAIの進化は劇的であり、特にAX(AI、トランスフォーメーション)に期待がかかる。


 従来の生成AIだけではなく、ロボットや製造装置、自動搬送システムなど現実世界で自律的に動くAIこそ、日本の製造業が世界で勝負できる分野ではないだろうか。AIを単なるIT技術としてではなく、製造業そのものを変革するAX(AI Transformation)の基盤と考えるなら、フィジカルAIは次の産業革命を支える中核技術になる。

 政府は2040年までにAI・半導体市場を約60兆円規模と見込んでおり、日本が世界シェア3割超、20兆円規模を獲得する目標を掲げている。しかし、AIの進化は想像以上に速い。世界はもっと早いスピードで動くと予測できるうえ、ましてやわが国の産業競争力強化や構造的人手不足への対応など喫緊の社会課題に照らすと、この目標は2040年ではなく、2030年代前半を目指すくらいの覚悟があっても良いと感じた。

 そんな中、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOと日本企業が連携し、国産フィジカルAIの開発に取り組むというグッドニュースが伝わった。日本の強みである製造技術と世界最先端のAI技術が結び付けば、新たな産業競争力を生み出す可能性は十分にある。次世代のフィジカルAIがわが国でどこまでつくれるか、期待に胸が膨らむ。

 一方で気掛かりなのが量子技術である。量子コンピュータは創薬や材料開発、金融、物流、エネルギー、工場運営など、社会のあらゆる分野を変革する可能性を秘めている。それにもかかわらず、今回の投資額は13.2兆円で8番目にとどまり、期待外れだった。もちろん、投資額だけで重要性を測ることはできないが、日本が将来の競争力を考えるなら、量子技術への本気度をもう一段高めてもよいのではないかという印象は拭えなかった。

 結局のところ、この成長戦略の成否を決めるのは政府だけでなく、実際に設備投資を行い、新技術を導入し、人材を育てるのは企業である。官と民が同じ方向を向き、将来への投資をためらわないこと。それが「失われた30年」を本当の意味で終わらせる唯一の道ではないだろうか。

 いま日本に求められているのは、「守る経営」から「未来へ投資する経営」への意識改革かもしれない。370兆円という数字以上に、その覚悟が問われている気がしてならない。

 

 

 

地政学リスクが全てを曇らせる! 現場レベルではすでに異変!

 工作機械・切削工具・周辺機器類は底堅く動いているのにもかかわらず、地政学リスクが全てを曇らせる。本業以外で足を取られるこのもどかしさったら!

 中東情勢の緊迫化が、日本だけでなく世界の製造現場にジワジワ影を落としているのは皆さんご承知の通り。現時点では「直接的な影響は出ていない。」とする企業がある一方で、加工現場レベルでは、すでに〝異変〟が起きている。

 潤滑油や切削油といった油脂類に加え、ビニール手袋や、塩ビ管など、石油由来製品の入手が難しくなっている。「従来ルートでは買えない」「在庫を確保したい」という声が増加し、需給ひっ迫に加え、〝買い占め〟を疑う声も囁かれている。

 加えて製造現場では、もうひとつ、中東情勢とは別軸のリスクが進行している。深刻なのはタングステン価格の上昇と供給不安が超硬工具の入手を直撃していることだろう。現在、中間材料のAPT(パラタングステン酸アンモニウム)の国際価格は、中国の輸出規制前(2025年2月)と比べてとうとう10倍水準に達したとの見方もあり、血の気が引くほど現場の衝撃は大きい。タングステンはボルトやナットといった基礎部品から、切削工具、医療機器、金型などに至るまで幅広く使われる基幹材料であり、その影響は製造業全体に波及しかねない。

 さらに見逃せないのが、タングステンが戦略物資としての側面を持っている点だ。タングステンは政府の備蓄対象でもあるが、その詳細は公表されていない。供給不安時の〝安全弁〟になる可能性とともに、「どこまで頼れるか分からない。」という不透明さが残るが、タングステンは防衛や先端産業とも関わりが深い材料である。供給がひっ迫した局面では、民生用途への供給が後回しになるのではないかという懸念が出るのも無理はない。

 一部の切削工具メーカーは、リサイクルや新たな調達ルートを強化したり、タングステンを2~3年分備蓄したりと、足元の供給不安にも一定の余力を持っている。一方で、中小・零細の現場では、必要な工具や油が確保できず、「このままでは受注があってもモノができなくなる!」との切実な声が聞かれた。資材ひっ迫は、単なるコスト問題にとどまらず、製造そのものを止めかねない局面に入りつつあるのだ

 こうした状況に追い打ちをかけるのが、物流の不確実性だ。中東情勢を背景とした海上輸送の停滞や停船が長期化すれば、船上やコンテナ内に留め置かれた機械製品や部品が高温多湿や塩分を含む環境にさらされ、防錆処理を施していても腐食が進むリスクがなきにしもあらず。遅延だけでなく、品質そのものが揺らぐ事態になりかねないのだ。

 さらに地政学リスクの影響は思わぬところにも及び始めている。紙の供給にも不安が出始め、企業のパンフレットやカタログ用途は抑制され、トイレットペーパーなど生活必需品向けが優先される可能性が出てきたという声も出始めている。今年はJIMTOF開催年にあたるので、情報発信すら制約を受けかねぬ可能性もチラついてきたとなると非常に悩ましい。

 こうした問題は、もはや企業努力で吸収できる水準を超えつつある。価格転嫁は避けられないという空気が広がるなかで、最も打撃を受けるのが町工場だ。現場からは第一次オイルショックに匹敵、あるいはそれ以上、さらにはリーマン・ショックを上回るダメージになりかねないとの懸念が聞かれる。

 にもかかわらず、国際政治は読めない。とりわけドナルド・トランプ氏の発言をはじめ、強気の見通しが示されたかと思えば、現実はそう簡単には動かない。その振れ幅の大きさが、企業の判断を狂わせる。期待しては裏切られるという展開に、現場の神経は確実にすり減っている。先を読むことが前提だった製造業にとって、この“不確実性”が最大のリスクだ。

 代替調達、リサイクルの徹底、工程の見直しなど、その積み重ねで、日本の製造業は幾度も危機を越えてきたはずだが、今回は様相が違う。エネルギー、資源、物流が同時に揺らいでいる。もはや「価格」ではない。「手に入るかどうか」だ。もし、供給プロセスで目詰まりを起こしているのであれば早期解消とともに、地政学リスクの一刻も早い払拭を願うばかりだ。

 一方、この経験から、さらに節約省エネマシン、長寿命な切削工具、リサイクル技術等の開発が加速すると思われるので、ビジネスチャンスもありそうだ。ピンチはチャンスと捉えるか!? 次の一手を考えたい。

 

※記事および画像の無断転用禁止