年別アーカイブ 2021年

直目

【注意】「工事のごあいさつ」 実は詐欺セールス! ~怪しい作業着の男~

コロナ禍と連動してなにかと物騒なご時世。振り込め詐欺など相変わらず年寄りを騙す悪い奴らが暗躍しておりますが、詐欺は振り込め詐欺だけではないので注意が必要です。

ピンポ――――――ン。

先日のこと。

インターフォンが鳴ったので、モニターを見ると、近年イケてる男の定番ヘアスタイルの代表格、ツーブロックの髪型に作業着をまとった若い男・・・・というより、崩れて売り物にならぬブロッコリーのかぶり物をしているような男が映っていた。チャイムに設置してあるカメラを意識しているのか男は正面を向いておらず、右に左に揺れている。

(ぬぅうう! 怪しい!) 

カメラ付きインターフォンに対し、正面を向けない理由でもあるのでしょうか。

210608j
怪しすぎてめまいがします

ひょっとしたら泥棒の下見かもしれない。居留守を使うと留守だと思って忍び込んでくる可能性もある。残念ながら、泥棒が満足するほどの財産も金もないので、万が一、凶暴な輩に襲われた場合、その日のニュースには、「美人ライター刃物で刺され重傷 3千円入りの財布を奪われる」(←美人は余計だという怒りの声は聞こえません)のショッキングな見出しが付く可能性が大きい。

3千円を取られて大けがを負ったうえ、いい年こいた大人の財布の中身が「3千円しかなかった。」という恥ずかしい事実を世間に知らしめかねないので、しぶしぶインターフォン越しに対応することにした。

男は横を向いて肩を揺らしながら、「ご近所で工事をするのでご挨拶に来ました。騒音等でご迷惑をおかけするかもしれません。説明をしたいのですが。」と話した。マスクをつけているうえ、顔が横に向いているのでモニターからは表情を確認することができない。別角度から映してある防犯カメラのモニターを見るとドアの前でエビのように身を屈めている男の姿が映っていた。

騒音をめぐる挨拶に来たというのに、手ぬぐいの一枚も持っていないところが怪しい。しかも、この男、最初から社名を名乗っていない。通常、こうした場合は、社名と名前を言うはずだ。

―――やっぱり怪しい。ドアを開けることなく、「はい。承知しました。わざわざどうもありがとうございます。」と言ってインターフォンを切った。男は右に左に肩を揺らしながら、獲物を取り逃がした小動物のようにしょぼくれて帰って行ったが、その姿から漂う〝違法〟なニオイをなんとなく感じ取った私は、家族に、「このあたりは高齢者が多いので、怪しいヤツが騙そうと彷徨いている可能性があるよ。泥棒の下見かもしれないから、居留守を使わないようにね。そして怪しいと思ったら絶対にドアを開けちゃダメだよ。」と注意を促した。

確認のため、ポストの中を覗くと、ダサいツーブロッコリー頭の男の名刺も、工事のお知らせも、ご挨拶の定番である手ぬぐいも入ってはおらず、ものすごく気持ちが悪くなった。

たしかに近くで工事をやっているが、騒音が響くほど近場ではない。近隣はつい最近、工事が終わったばかりだ。ちなみに、その際、うちには挨拶に来なかった(笑)。なお、本当に騒音が出るほどの工事が行われる場合、大抵、ペラ紙の〝お知らせ〟がポストに入っているものだ。

ところが翌日。

今度はヒョロガリタイプの作業着を着用したこれまた若い男がやって来た。内容は前日と同じく、「ご近所で工事をするので挨拶に来ました。」という。相変わらず、よく顔が見えない。昨日の今日で、立て続けにご挨拶とは。

「わざわざありがとうございます。ちなみに、ご近所ってどこですか? お隣さんですか?」と尋ねてみると、「はい。そうです。説明をしたいので・・・」と、昨日同様、ドアを開けてもらうための正当性を示しているものの、こちらからすると、この返答自体が、不当そのものである。なぜなら、近隣は、ちょいとした建屋の直しをこの前に終えたばかりだ。すぐにまた工事を始めることなど考えにくい。

「お隣さんって●●ハウスの工事ですね。」と適当なことを言ってみたところ、悪びれる様子もなく、「はい。」と返答をする始末。なんとまぁ、この嘘つきめ!

男のデタラメを確信した瞬間である。社名と名前を名乗ることなく、工事の具体的な場所も自ら示さないこの男の目の前にあるドアを開けるわけにはいかぬ! 深呼吸をしたあと、逆恨みをされても困るので、「ご苦労様です。」と一言いってインターフォンを切った。

屋根工事のインチキ勧誘を思い出した!

数年前、似たようなことがあった。
「近くで工事をする者です。ご挨拶に来ました。」と、作業着姿の若い男がやって来たことを。当時はカメラ付きインターフォンを設置しておらず、うっかりドアを開けてしまった。

男は、「騒音がうるさいと思います。なにかあったら言ってください。」と言った。当時は、「はい。親切にどうもありがとうございます。」といってドアを閉めた。が、このとき、社名も具体的な場所も示していないのに気付いた。

直感的にモヤモヤしたものがあったが、鳥のごとく秒速で忘れた私。ところが30分もしないうちにこの男が舞い戻ってきたではないか。

「すみません。先ほど挨拶をした者ですが・・・。ちょうど、うちの親方がこの家の見えるところで作業をしていまして、お宅の屋根の一部が剥がれている部分があるんで、危ないって言ってるんっすよ~。で、知らせて来いって言われたんです。台風が来たら危ないからって。」と、いかにも気のいい親切な業者の言うような台詞を並べた。

「ええっ!? 屋根が剥がれてるですって!」

驚いた私は、先ほど感じたモヤモヤもすっかり忘れ、またもドアを開けて外へ出てしまった。男は、「ちょっと屋根を見ましょうか? これ危ないですよ。台風が来たら飛ばされますよ。」とボロ屋根の方へ人差し指を向けた。

(台風で屋根が飛ばされたら大変だ!)と仰天した私。そりゃ~屋根が飛ばされて、どこぞの建屋に激突し、被害が出たら目も当てられない。うろたえた私を見て、作業着の男はしめしめと思ったのだろう、「強風が吹いたら危ないですから、ちょっと見てあげますよ。」とニヤリと笑った。

(なんて気持ちの悪い笑顔なのだろう・・・・)。

ふと、悪徳業者の手口に似ていると感じた。シロアリ駆除でも、外壁リフォームでも、布団でも、こうして相手の根城にまんまと足を踏み入れた悪徳業者は大抵、最初に親切心を押し出して相手の警戒レベルを下げ、そして不安を煽るものだ。

業務上、長年、多くの殿方たちを取材してきたが、目の前にいる男のまとう雰囲気が普段から接している殿方たちとは全く違うことにも違和感があった。目線がしっかりしておらず、右に左に身体が揺れている。作業着が汚れていない割には、靴がもの凄く汚かった。このバランスの悪さも気になった。

「ちょっと待ってて下さい。」

仕事で使用しているカメラに望遠レンズを装備し、首からぶら下げてもう一度、外に出た。男は一瞬ギョッとしたようにも見えたが、ここまできたら手を緩めてはいけない。「親方さんはどこの建物から屋根を見ているのですか?」と男に尋ねてみる。すると、男はポツリと「あっち。」とだけ言って人差し指を向けた。おいおい、幼稚園児か、おまえは。

望遠レンズを上に向け、親方を探すが、住宅が密集しているので空間が狭く、確認できない。よくよく考えると、この家の屋根が壊れていることが丸っと確認できるほどの高さを確保している建物がないことに気付いた。

「う~ん。ここからじゃ親方さんは見えないですね・・・ところで私もこういう商売をしているものだから、どこがどうなっているのかきちんと確認をしながら作業をしないと気持ちが悪いんです。問題箇所を撮影しますので教えてください。のちのちトラブルになるといけないですしね。」といって、カメラを若者に向け、ゆらゆらと見せつけるように揺らした。

「で、親切な親方さんはなんという名前ですか。そちらの会社名を教えてくださいませんか。」

「・・・・・・言えません。」

「なぜ言えないのですか?」

「親方に迷惑がかかりますから。」

「なぜ迷惑がかかるのですか。」

「・・・・・・もう、いいです。」

「そうですか。わかりました。」

男はそのまま、背を向けて帰って行った。このあと、不信感の高まりからネットで「工事のお知らせ 親方 屋根」で調べてみたところ、出るわ出るわのリフォーム詐欺! 台詞がまったく一緒で唖然としたわよ。 

この男のいいなりになっていれば、法外な金額をふっかけられて、涙で枕を濡らしていた日々を送っていたに違いない。

それから数年後、また、似たようなことが起きるとは・・・・世知辛い世の中になったもんですな。

この手法、結構、流行を見せているようですので、皆様も気をつけてくださいね。もし、「工事のお知らせで来ました。親方がお宅の屋根が剥がれているので、危ないから教えてやれって言ってるんです。」と言われたら、「今、手が離せないので、名刺をポストに入れておいて下さい。」と言うのも一案です。まともな業者であるかどうか、調べる方法はいくらでもあります。その場ですぐに返答しないことがコツです。

これらの手口、大抵詐欺です。自治体によっては注意喚起がされており、用心に超したことはありません☆
 

「日本版CDC」どこいった?

 緊急事態宣言も3度目となると、もう、我慢の限界! 度重なる変更等で、うっかりミスも増加する己が悩ましい・・・ということで、久々にコラムを更新します。この内容は、すでにベストブック社の月刊ベルダ5月号に書かせて貰ったものを少々アレンジしています。

 最初の新型コロナ緊急事態宣言から1年が経過した。当時はクルーズ船内の感染でのドタバタが毎日のようにニュースで流されるたび、現場と厚労省の間で役割と責任分担が明確化されていないのが目についた。非常時における指揮命令系統の欠如や情報の錯綜は現場を混乱させ、これらが国民に不安を与える材料になったと感じている。

 このようなことが影響したのか、経団連は早々に、「感染拡大は予測不能でひとたび非常事態が発生すれば迅速な対応が求められる。スピード感を持って判断をしていくためにも平時からの備えと有事の際の強力なリーダーシップが極めて重要」とし、アメリカのCDC(疾病予防管理センター)を参考に『緊急事態における司令塔機能の強化』を提言した。また、わが国の医療系138学会からなる日本医学会連合も「科学的なエビデンスに基づく政策提言と情報分析・活用ならびに人材育成・活用の支援を行う常設組織の創設」を提言し、具体的には情報の一元化による国・自治体・アカデミア・国民の間での必要な情報の共有と活用など6項目目を要請している。連合会は原発事故で健康被害が懸念された10年前にも諸外国には設置されているCDC機能が日本にないことから「Japan CDC」の創設を提案しており、他にも諸団体や自民党の大物議員が同様の提言を行っていた。

 当時、これらの提言を政策に織り込むというような報道があり、早急に実現して欲しいと願っていたが、なんと! いつの間にか、この話題が消えているではないか。

 そういえば、某情報番組で某コメンテータが「官邸と厚労省は考え方に大きな差がある。しかも仲が悪い」というようなコメントをしていたことを思い出した。う~ん、本当なのか、これは。

 だから国の体制も、新型コロナウイルス感染症対策の専門家会議や、分科会、アドバイザリーボード、基本的対処方針分科会など、複雑すぎて分かりにくいのか・・・と、思わず口角が下がってしまった。それに加え、実質的な司令塔が経済再生大臣なのか、厚労大臣、官房長官、はたまた分科会会長なのか、いまいちハッキリしておらず、実質的な司令塔が誰なのかもさっぱり分からない。口角下がりっぱなしのへの字口で、マツコ・デラックスさんのように「なんかさぁ~あれじゃな~い?」と呟きたくもなる。

 本来ならば、厚労省が司令塔になってシンプルな体制で機動的にこの憎たらしい極悪ウイルスと戦っていくべきじゃないのか。なぜ、厚労省が「日本版CDC」創設に手を付けなかったのか、謎だ。

 新型コロナ対策と厚労省を対比すると、まず憤るのは、ワクチン政策である。昨年まで、わが国はワクチン先進国だと思っていたが、いつの間にか、後進国に成り下がっているではないか。これは国産ワクチンについて消極的政策をとったからだと感じている。結局、海外のワクチンに頼らざるを得なくなった。しかもワクチン争奪戦に出遅れ、ワクチン接種担当大臣をつくる羽目になった。

 個人的に許せないのはPCR検査だ。あれだけ検査数の拡大要求があったのに人手不足を理由に抑制し続けた。これまた個人的な意見だが、わが国の生産技術開発力で相当カバーできたはずだ。自動検査機の開発品も海外で活躍する始末だから、目を覆いたくなる。

 今は日本全国、変異ウイルスとの戦いの日々だが、ゲノム解析ロボットの新開発を支援・助成し、〝国内に配置する〟動きを感じない。これらの開発をもっと活発化してほしいと願っている。

 「厚労省が変わらなければ、この日本は変わらない」をスローガンに始まった省内若手改革チームに期待しているが、国民の命を預かる厚労省なのだから、積極果敢な政策を渇望している。若手よ、頑張ってくれ!
 

記憶の回路と緊張感

コロナワクチンの出現により、明るい未来が見えてきたということもあって最近、めっきり業務量が増えつつある。今後のことを考えると、動画の見せ方もビジュアル的に進化させなければならず、従来とは違った業務も増えており、やらなければならいことは山のようにある。

ところが、アレやコレやと処理をしている最中に、(はて? あれっ今、なにをやろうとしていたんだっけ?)と、忘れてしまう。先ほども電話に出たあと、メモを紛失した。さっきまで机の上にあったはずなのに、忽然と姿を消している。どこにいったのかと焦って探してみたところ、台所にあった。おそらくツマミ食いをしようとして、無意識にキッチンまでメモを持っていったのだろう。それを思い出せない己が情けない。

もともと脳の働きが鈍かったとはいえ、ここまで脆弱な脳みそではなかったはずだ。忘れっぽくなっているのはなぜだ!

大人よりも子どものほうが記憶力は良いとされている。どうして大人になるにつれ、脳の働きが悪くなるのか―――と考え抜いた挙げ句、次のような仮説が思い浮かんだ。

子どもは新たに経験したことをスポンジが水を吸収するように覚えていく。転んだら痛い、親に叱られたら怖い、褒められたら嬉しい、冬は寒い、夏は暑い、お腹が減ったらヤル気がなくなるなど、複雑な感情とともに、成長する過程で様々なことを経験していく。これらは世の中を生きていくために必要な知恵だ。

初めて行うことは、ある程度、緊張が伴う。親元から離れて初めて他人の輪の中に入った学校生活や、初めて社会人になって仕事を覚えなければならなかった時など、意識をしなかっただけで緊張感がある生活があったと思う。若いうちは初めて経験することも多いので、覚えなければならないことがたくさんあった。これが無意識に緊張感につながっていたのかもしれない。

経験したこともない未来のトラブルを勝手に想像し、怯えながら悩んでいたこともあった。例えば、若いときは、好きな男の子の裏の顔がとんでもないロクデナシだったらどうしようか、フラれるかもしれないとか、仕事では、ちょっとしたミスでクビになったらどうしようか、人間関係で面白くないなど、今、考えると、こんな些細なことで一大事のようになにを悩んでいたんだ、馬鹿馬鹿しい・・・とは思うけれど、経験が未熟なため、対応の仕方が分からず悩んでいたに違いない。悩めばあれこれ未熟な頭でも考え抜いて行動をするため、ある程度の記憶力は必要なのだ。そうしなければ、己の立ち位置が怪しくなる・・・とこれまたどうでも良すぎて周囲が考えていないことを勝手に想像できるのも若いうちなのだ。

ところが成人して年の数が増えてくると、大抵は様々な経験をする。それこそ立ち位置が悪くなったり、こっぴどく叱られたり、立ち直るのにも時間がかかるほど自尊心を踏みつけられたりする事象が起きてくる。

そうしてある程度の年齢に達し、泣いても笑っても明日は来る―――という普遍の事実を噛みしめる。こうなると、〝時が解決するさ〟、〝命までは取られやしないよ〟、〝公園では水がタダで飲める〟と、ちょっとのことぐらいでは動じなくなり、腹回りと比例して神経も太くなってくる。

トラブルにおいて対応の仕方や自分の感情をコントロールする術を知った大人は、緊張感がなくなっても平気なのだ。

つまり、経験豊富な大人は、子どもと違い、覚えることが少なくて済む。この緊張感のなさが、大人の記憶力を低下させている可能性があるかもしれない。

ということで、記憶力を強化させるには、まったく新しいことを始めるのも一案かもね、と先ほど開けた冷蔵庫をまた開けながらつまみ食い。

やっぱり大人って楽しい。
 

※記事および画像の無断転用禁止